復活祭(Easter) 2
【合衆国領ハワイ オアフ島】
1945年12月16日
作戦開始から一週間後、米英日の連合国軍は複数の誤算を突きつけられていた。まず上陸にあまりにも時間をかけすぎていた。本来ならば初日で終わらせるはずが、二日経っても終わる気配がなかった。三か国の上陸部隊は、それぞれ干渉し合わないように、全く別の上陸地点が割り当てられていた。戦力分散のリスクもあったが、それよりも初動で別々の指揮系統をもつ数万の軍隊が無意味な衝突を起こすのを避けたかったのだ。
エクリプス作戦でマッカーサーが理不尽を超えた無礼極まりない指揮を遣米軍に行った結果、日本軍は全般的に態度を硬化させた。さらに非公式とはいえ、シカゴ
にも関わらず、第一波の上陸から混沌に見舞われていた。敵の抵抗が激しかったからではない。単純に物量の問題だった。復活祭作戦の準備において、各国が独自調達を行った結果、著しい兵站物資の偏りが起きたのである。
例えば合衆国軍は上陸用舟艇の不足に悩まされていた。
対称的に日英両国は十分な量の舟艇を確保できていた。両国が合衆国以上の舟艇を保有していたからではない。投入した兵力数が少なかったためである。しかしながら、別の問題が生じた。両国とも十分な輸送車両を確保できなかったのである。そのため、上陸こそ計画通りに推移したが、内陸への進出において遅れが生じた。
皮肉なことに、各国の行動がそれぞれ異なった理由で遅延した結果、予期せぬかたちで同期がとれることになった。上陸から三日後、連合軍はパールハーバーを目指し、本格的な進攻を開始した。
エクリプス作戦の際は、合衆国が上級司令部として、準備段階から兵站物資の割り振りをコントロールしていた。身びいきが全く無かったわけではないが、概ね安定して各国に物資を供給できていた。彼等は大量生産のパイオニアであり、兵站のエキスパートだったのだ。しかしながら、復活祭作戦においては限定的な効果しか発揮できなかった。復活祭作戦で発覚した障害は、後々の軍事行動にまで影響を及ぼすことになる。
【オアフ島 エワ】
1945年12月20日
パールハーバー南西に位置するエワの近郊に今井彰少佐の中隊司令部はあった。司令部と言っても大天幕を張った簡易的なものだ。内部は防水処理を施した通信機器、簡易の大型デスク、その上にはオアフ島の地形図が広げられている。
天幕の窓から潮気を含んだ温風が吹き抜けていく。十二月にもかかわらず、日差しに辺り一面炙られている。
今井はデスクに広げられた地形図を見ながら、手持ち無沙汰な心境に戸惑いを感じていた。地形図には矢印が記されていた。それぞれ、パールハーバー、ホノルルへ伸びており、オアフ中央奥地の旧ウィーラー陸軍飛行場まで続いていた。夢でも見ているような気分だった。彼の境遇を知るものならば、理解を示すかもしれない。
今から半年ほど前まで、今井の中隊は北米の中央部で魔獣と激戦を繰りひろげていた。そこにはエクリプスで討ち漏らしたゴブリンやトロールなどが五大湖周辺とフロリダから押し寄せてきていた。三ヶ月ほど、そこで地獄を見た結果、彼の中隊の三割近く損耗し、平時ならば壊滅と判定される状態になった。その後、今井達はデンバーで再編成を行い、十一月のある日、突如西海岸まで輸送された。新兵の一部は帰国できるのかと浮き足だったが、今井を含め大半の古参は真逆の気分だった。屠殺場へ向う家畜同様、行き先を知らされぬにはそれなりの理由がある。今井の予感は的中した。
サンフランシスコに着いた後で、彼等は短期間で猛烈な上陸訓練に付き合わされることになった。そして今はハワイにいる。
数週間前の暗澹たる気分と違い、今井は気の抜けた思いでオアフの土を踏んでいる。
天幕の覆いが払われ、一人の少尉が入ってきた。たしかデンバーで補充されたばかりだった。二十歳半ばのはずだが、どことなく幼さを覚える顔つきだった。今井は彼を連絡将校に任じていた。少尉は晴れ晴れとした表情で、報告してきた。
「少佐、先ほど第四小隊から目標制圧の報告が入りました」
今井はさして表情を変えず、数秒待った後で口を開いた。
「それで、損害は?」
「軽傷者数名です。少佐、これで我が隊は目標全てを制圧しました」
少尉は何の疑問を覚えずに嬉々として答えた。放っておいたら祝杯でも挙げそうな雰囲気だった。
「そうか、わかった。下がれ」
少尉が退出しようとしたとき、新たに兵士が入ってきた。
兵士は眉間に深い皺を刻んでいた。
◇========◇
次回5月10日(日)投稿予定
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弐進座
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