復活祭(Easter) 1

計画性をともなった人間の行動には、必ず誤差が生じる。個人では制御しきれぬ不確定要素が多岐に混在するゆえである。組織行動に於いても例外はない。


組織形態が複雑で、規模が肥大化するほど、生じた誤差の修正に計り知れぬ労力を要する。ときとして、それは復元カバー不可能な事態を招く。


最たる例が軍事行動である。一見すると、計画通りに遂行されたものであっても、思わぬ誤算が生じることもある。


その多くは、過去に見落とされたものか、あるいは予見されながら過小評価されたものだ。





 合衆国がハワイ攻略作戦の発動を決意した背景は、今も議論されている。戦史家はエクリプス作戦の限定的勝利が遠因だと言い、軍事評論家はオアフBMの消滅を主要因にあげる。百家争鳴の様相を呈しているが、ある点において誰もが共通の認識を抱いていた。


 すなわち、合衆国にとってハワイ回復は自らに課した絶対的な誓約だった。


 それは彼等が掲げた作戦名に如実に反映されている。


 1945年12月8日、関係者に配られた作戦計画書の表紙には『復活祭イースター』と印字されていた。



【合衆国領ハワイ オアフ島】

 1945年12月14日


 沖合で群れなす艦隊は、紛れもなく世界最大の海上戦力だった。掲げられた艦船旗は三種類、それぞれが大小三つのグループに分かれ、合計九個の部隊が展開している。


 総隻数百八十隻を超える鋼鉄の城が、太平洋の波濤の中でひしめいていた。


 彼女らが囲っているのは太平洋西部に浮かぶ小さな島嶼群、その中のひとつだ。


 合衆国領ハワイ、オアフ島。


 かつてハワイ王国として隆盛し、1900年にアメリカ合衆国に準州として併合された。併合にあたっては、実に合衆国的な民主主義が適用された。それは建国期に本土のネイティブに対してとられた方法ほど過激ではかったが、本質的に大差の無いやり方だった。合衆国は、この小さな島に大量のアメリカ人を入植させ、多数派マジョリティとなったのだ。


 合衆国民にとって、そこは海を越えた西部開拓マニフェストディステニー終着駅ターミナスとなった。望まぬ併合を迎えたハワイの原住民にとって、失われた故郷と化した。


 併合から約半世紀、1941年の12月8日、突如現れた黒い月と魔獣によってハワイ諸島から全ての人類が追放された。


 それから4年の歳月を経て、人類は楽園を取り戻そうとしていた。ハワイを囲む百八十隻の艦船は、魔獣に終わりを告げる使徒だった。


 オアフ奪還作戦の第一声は、沖合数十キロに列を成した主力部隊から発せられた。星条旗、ホワイトエンサイン、旭日旗を掲げた戦艦及び重巡洋艦が割り当てられた目標へ向けて、艦砲射撃行った。


 続いて百数キロの沖合にいる米英日の機動部隊から艦上機が発艦し、雲霞のごとくオアフ上空へ迫った。機体は三種類に分けられ、国籍マークを背負っている。群青スカイブルーの機体に星、草色オリーブの機体には青白赤の三重丸、濃緑に機体は白地に赤い目を宿らせていた。レシプロエンジンの爆音が蒼空を支配し、無数とも言える攻撃隊がオアフ島沿岸へ急行していく。攻撃隊は砂浜より、奥地にいる魔獣の群れセルへ向けて急降下、爆弾とロケット弾を見舞っていった。


 あらかたの障害が一掃され、鉄と火薬、肉片の地獄が出来上がったところで、ついに上陸部隊が投入された。無数のクレーターが穿たれた砂浜ビーチへ向けて、数万の兵士と数百の車両を乗せた舟艇の群れが殺到していった。


 この日、投入された全ての戦力が一点を指向していた。


 そこはハワイ奪還作戦"復活祭イースター"の最優先目標だった。


 真珠湾パールハーバーである。


 想定されている作戦期間は10日間だった。


 10日後は、神の子が誕生した日だ。


 砂浜を目指す三か国の将兵の中で、日本人以外のものはその日に特別な意味を見出していた。


 一部の米国人は、実に米国人らしく純然たる浪漫を感じていた。復活祭を完遂し、12月25日に祝杯を上げるのだ、対して英国人の大半は冷ややかな感想を抱いていた。彼等は経験則的に知っていた。すなわちクリスマスを目標にして、何ごとも無事に終わったためしがないのだ。日本人は、無事に年を越せるかどうか怪しく思っていた。


◇========◇

次回5月3日(日)投稿予定

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弐進座


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