幼年期の記憶(Once upon time) 15

【上大崎 海軍第二技術研究所】


「これから話す内容は荒唐無稽です。飛躍した与太話かもしれません。もし閣下のお気に召さないものでしたら、どうぞぼくを北米なり地中海なりに送ってください」


「はは、矢澤君、こいつ開き直りやがったぞ。それで、君はどう辻褄を合わせたのかね。そろそろ決着をつけようじゃないか」


「渡りです」


 竹川はようやく吐き出した。


「渡り鳥と一緒なんです。竜は異なる世界を渡り、生息地を拡大する種族なのです」


「大胆な説だな。なるほど、与太話というのは素直な自己評価じゃないか」


 六反田は草色の梱包から煙草を取り出した。机のマッチをこすり、紫煙をくゆらせる。


「それで、続きは」


「この世界に来る直前、ユナモちゃんの前に大きな竜が現れたと話してくれました。その竜が強烈な光を放ち、気がついたら独逸に彼女はいたそうです」


「やはり竜が転移の媒体だったと言うわけかね」


「概ねその通りです。ここで、ネシスさんの証言が裏付けとなります。彼女の世界では定期的に竜を鎮めるために、生け贄を出していました。そして一度贄を得た竜は二度と出現しなかった。恐らく、生け贄を得た竜は異世界へ転移したからです。ひょっとしたら、贄を得ることで竜は転移する力を得たのかもしれませんが、今のところ証明する手立てはありません。いずれにしろ、この仮説は我々の世界における竜の記録を補強します」


「どういうことだ?」


「ネシスさんは、生け贄についてもう一つ証言を行っています。生け贄を差し出す際、贄として選ばれたもの以外、誰も近寄ってはならないと。これはこちらの世界の風習でも当てはまります。古来、竜に差し出された生け贄は洞窟かあるいは人里離れた地に置き去りにされていました。もちろん、例外はいくつかありますが。もし竜が別次元に転移を行う際に、巻き込まれないための予防策と考えるのならば、妥当です。ユナモちゃんのように意図せず異世界へ飛ばれた例があったのでしょう。そうならないように、経験的に予防策として生け贄に近寄ることを禁忌としたのならば筋は通ります」


「君の話が事実だったとして、古代のドラゴンスレイヤーは悉くペテン師になるな」


「さすがに、それは言い過ぎです。ぼくが思うに、竜退治の伝説の大半は恐らく何か別の比喩メタファーなのです。本物の竜の大半は、この世界でも贄を得ることでどこかへ飛んで・・・いった。退治された竜は存在せず、大半は自然消滅した。だから骨格標本すら、まともに残っていないんです」


「なるほどね」


 六反田は短くなった煙草をもみ消した。


「ただ、その説ではひとつ説明がつかんことがある。なぜ、竜どもは大昔のおとぎ話にしか出てこなかったかだ。言い換えるなら、中世以降BMが現れるまで、オレ達は怪物と無縁の生活を送って来れた。仮に君の説が正しいとしたら、イベリアン号に限らず、もっと写真に撮られていてもおかしくはないだろう」


 竹川はバツの悪い表情で、後頭部をかいた。自覚していた抜け穴だった。


「はい、実のところ、その点については仮説を絞り切れていません。ただ、いくつか筋道は浮かんでいます。例えば、竜の寿命から換算して渡りの周期が千年単位だったとか。こちらの世界の渡り鳥は季節に応じて、渡りを行います。だけど竜の場合は異なる周期で渡りを行っていると考えられます。ネシスさんによると、竜種の寿命は想像を絶する長さらしいので。ぼくらの一年が彼等にとっての、数百年でもおかしくはないかと」


「まあ、わからんでもない。同意はしかねるがね。それで、他に何が考えられる」


 竹川はしばらく言いよどんでいた。あまりに論理の飛躍を連続させてきたため、自身の正気を疑いたくなってきたのだ。彼は、なかば観念したように続けた。


「これも確かめようがないのですが、ぼくは向こうの世界とこちらの世界では時間の流れが違うのではないかと考えているんです。向こうの一年が、必ずしもこちらの一年と同じ長さとは限りません」



【世田谷 三宿】


「光る竜だと……」


 儀堂は、昨夜の夢を思い起こした。あのとき、ネシスの前に現れた光と符合している。ふとネシスの顔を伺ったが、特段変わった様子はなかった。


「それで、お主を連れてきた竜はどこにいったのじゃ」


 ユナモはうつむいて、首を振った。


「わからない」


「左様か──」


 ネシスは沈黙すると、視線を卓上に落とした。しんとした空気が居間に満ちるかと思われたが、儀堂によって阻まれた。


「ユナモ、ひとついいかい」


 ユナモは顔を上げると、小首をかしげた。


「ギドー? なにが聞きたい?」


「君の前に、竜が現れたのはいつか知りたい」


「どういうこと?」


「ネシスが反旗を翻したときではないか?」


「それは──」


「恐らく、その通りじゃ」


 ネシスがそっと口を開いた。


「ギドー、お主、妾の心を覗いたのであろう」


「はからずにもな」


 儀堂は眼帯を指した。ふんとネシスは不敵に笑うと、ユナモに視線を戻す。きょとんとしていた。


「ユナモよ、よく話してくれた。ギドー、何をしておる。菓子でも持ってくるが良い」


◇========◇

次回4月19日(日)投稿予定

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弐進座

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