幼年期の記憶(Once upon time) 14

【上大崎 海軍第二技術研究所】

 昭和二十1945年十二月七日


「よお、ずいぶんとすっきりとした顔じゃないか」


 執務室に訪れた竹川を前にして、六反田は言った。矢澤の見解も同じくしていたが、同情的な感想も含まれている。


 竹川の目の下には、巨大なくまが形成されていた。頬もこけており、やつれた印象がある。生気の無い幽鬼のような面持ちだった。双眸は眠たげで、上瞼を重たそうに開いていた。竹川は小脇に抱えていた紙の束を静かに差し出した。


「ここ一ヶ月の調査内容です」


 六反田は報告書受け取り、しげしげと表紙を拝んだ。


「君の仮説を証明するに足るものか」


「はい、論理的には証明されました。しかし、裏付ける証拠材料は不十分です。検証方法の確立にいたっては、全く手つかずの状況です」


「ほう。それでは、なぜ提出に及んだのかね」


「閣下に報告するに足る結論が出たからです。閣下は我々が対峙している問題、その発生源どこからやってきたか経路どうやってきたかについて調査を命じられました。発生源の特定に至ってませんが、経路の仕組みメカニズムに関しては大凡の目星が付いたところです」


「矢澤君から聞いている。竜が絡んでいるそうじゃないか」


「はい、ぼくは竜がBMを連れてきたと考えてきました。しかし、その仕組みを裏付ける説明が付かなかったのです。つけ加えるのならば、確信もありませんでした。ぼくの仮説は、辻褄を合わせるために出した憶測にすぎないものでしたから。何よりも僕自身がそのことを重々承知していました。結論ありきで検証を進めると自身にとって都合の良い事実しか拾わなくなります。危うい思考です。学問の探究において、致命的な誤謬を招きかねません。考古学会で、しばしば定説が覆されるのも、過去に結論に合わせた検証が行われたからです。だから、ぼくはなかなか踏ん切りが付きませんでした。ぼくがこの難問から逃れるために、都合の良い結論をでっち上げようとしているのではないかと疑っていたんです」 


 竹川はひと呼吸を置いた。例によって一気に話し続けたせいで、息が切れたのだ。六反田は椅子に座るように命じた。


「それでも、君は検証を進めたわけだろう」


「はい。白状しますが、ぼくは自分の結論を無条件に信じています。やはり、竜は昔からいたとしか思えなかったんですよ。そうでなければ、世界中の神話や伝承で記録されているわけがないじゃないですか。ついでに、その方が学説として面白いし。特に数年前に本物を目にするようになってから、余計に確信するようになってしまった。そして、つい先日、ぼくの確信を裏付ける証言を得ることが出来ました」


「ほう、そりゃあ驚いた」


 芝居がかった言い回しで六反田は手を広げた。


「誰かね」


「本郷さんのユナモちゃんです。彼女がぼくの疑問に答えてくれました」




【世田谷 三宿】


 横須賀から儀堂が帰宅したのは、時計の短針が一を過ぎた頃合だった。


 彼の実家は、間取りに余裕のある家だった。元々武家屋敷だったものを時世に合わせて洋風に改築したらしく、どこか古めかしい印象を覚える造りだった。


 玄関を開けると、しんと静まりかえった空気が儀堂を迎えた。どうやらキールケと小春は出払っているらしい。その代わり、二人来客がいるようだ。綺麗に並べ揃えられた大小二足の靴から判断した。


 来客は居間に通されていた。小春が用意したのだろうか、ちゃぶ台に湯飲みが三つ置かれている。


「遅いではないか」


 儀堂と目が合うや、ネシスが不満げに文句を垂れた。


「すまない。汽車が遅れたのだ」


 儀堂はネシスに詫びを入れると、来客二人に頭を下げた。


「お待たせして申しわけありません。本郷中佐、それにユナモちゃん」


「いや、こちらこそ急に押しかけてしまい、すまない。折り入って君とネシス君に話があるんだ。ユナモ、いいかな」


 ユナモはコクリとうなずくと、ネシスに向き直った。


「ネシスにはなすことがあるの」


「お主が改まって語ることだ。一族に関わるものであろう」


「そう、わたしは禁をやぶった」


「続けるがよい」


「竜のたいばんに、わたしは入った」


 ネシスはわずかに瞳を開いたが、すぐに元に戻した。


「なるほど、それは剣呑じゃのう──」


「ネシス、竜の胎盤とはなんだ?」


 儀堂は、そっと尋ねた。訳ありの様子であることは察せられたが、意味については皆目見当がつかなかった。向かい側で見守っている本郷も同様だった。


「妾の世界で禁地とされている場所じゃ。そこは許されたものしか立ち入ってはならぬのじゃ」


「許されたもの?」


「贄じゃよ。竜にその身を捧げる者しかまかりり成らん」


 ネシスは小さくため息をつくと、ユナモに向き直った。ユナモは目を伏せていた。


「だまっていて、ごめんなさい」


「ユナモよ。この際、禁を破ったことは問わぬ。今になってお主を罰したところで、何の益もない。それに、この地でお主を裁く法はないしのう」


「ありがとう、ネシス」


 ユナモが顔を上げると、紅く潤んだ双眸が見えた。


「もうよい。お主が今になって妾に告げてきたのには理由があろう。それを答えよ」


「うん。わたしは、ラクサリアンから逃げるため、竜のたいばんに隠れた。そこでわたしは竜にあった」


「なんじゃと……」


「たぶん、あの竜がわたしをここへ連れてきた」



◇========◇

次回4月12日(日)投稿予定

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弐進座

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