幼年期の記憶(Once upon time) 8

 ネシスとユナモは竹川に執務室に案内された。意外のことに、室内は片付けられていた。少々かび臭いところもあったが、ヤニに染められた六反田の部屋よりはよほど快適だった。


 竹川はベッド代わりに使っていた長椅子に二人を座らせた。目前のテーブルには茶と大福が置かれている。


「食べながらでかまいません。いくつか聞きたいことがあるんです」


 一見すると少女に見える小鬼に対して、彼は敬語を用いた。いかなる相手でも取材対象には敬意を払うように、彼は恩師から指導されている。殊勝に思ったのか、ネシスは少し気を良くしたようだった。ユナモは遠慮無く大福に手を伸ばした。


「して、聞きたいこととはなんじゃ。我らの世界については大凡おおよそは話し尽くしたと思うぞ」


「そうかもしれません。お二人の調書は一通り読ませてもらいました。そこでいくつか不思議に思うことがあったんです。今日は、ぼくの疑問を解くためにお力を貸してもらえればありがたいです。ひょっとしたら、これまでと同じことを聞くかもしれませんが、どうかご容赦ください。必要なことなんです」


 竹川は頭を下げた。頭頂部に対して、ネシスは「よかろう」と返した。


「では、早速――」


 竹川はいくつかの写真を取り出した。代表的な魔獣が映し出されている。


「ここに映っている魔獣は、あなたの世界から持ち込まれたもので間違いないですね?」


「そうじゃ。それがどうかしたか」


「ええ、まず不思議に思ったのはそこです。この世界の軍がさんざん手こずっている相手に、どうやってあなた方は対抗していたんですか? 他の調書に書いてありましたが、あなた方の種族は魔導という不思議な力をもっている。だけど、圧倒的に数が少ない。数千人規模の集落だったのでしょう。加えて、そちらの世界には、あなた以外の種族もいたはずだ。彼等はどうやって魔獣の脅威から逃れていたのですか?」


 これまでの調書で、ネシス達の異世界の文明レベルについて、ある程度の予想は付いていた。火薬を持たず、内燃機関の原理も得ていない。それどころか、鉄の鋳造すら怪しかった。地球側の歴史に照らし合わせたとき、中世以前の文明レベルでないかと推測されている。ならば、いかにして魔獣に対抗できたのか。魔導という超常的な力があったとして、数百の魔獣に対抗できるものなのか。竹川には疑問だった。


 ネシスは、長椅子に背をもたれさせた。


「必要がなかった」


「どういうことですか?」


「文字通りじゃ。妾の世界において、あの魔獣どもは恐れるに足りなかったのじゃ。おぬしらは誤解しておる。本来ならば、あれはただのけものなのじゃ。そこら辺の畜生と変わらぬものじゃ」


 竹川は、数秒考え込んだが、すぐにネシスの言うことを理解した。


「つまり、そちらの魔獣は野生生物のひとつに過ぎなかった。しかし、この世界の魔獣は凶暴化している?」


「少し違うの。滅多に会うことも無かったのじゃ。魔獣どもが溢れるようになったのは、光の民ラクサリアンどものせいじゃ」


「天からやってきた存在ですね。彼等が魔獣に何らかの変化をもたらした」


「そうじゃ。奴らは妾達の身体を弄び、魔獣を産み出すようにした。お主等がBMと呼んでいる、憎き黒い月よ。あれのせいで魔獣は地を埋め尽くし、そうして、妾の故郷くには滅び果てた」


「いつの話ですか?」


「正しくはわからぬ。あちらとこちらでは時間の尺がちがうからの。ただ、妾がここへ送り込まれるより、少し前の話じゃ。数十年前というところか」


「数十年前……そのときから、BMは既にあった?」


 竹川は顎に手を当て、ぶつぶつと何かを呟いた。大福を食べ終えたユナモが大きなあくびをした。


「改めて魔獣、特にドラゴンについて詳しく聞かせてください。いくら滅多に現れないとはいえ、遭遇したらただでは済まなかったでしょう。こちらの世界でも対応に苦慮しているのに、そちらでは、どのように駆除したのですか?」


 ネシスは少し目を丸くすると、失笑した。


「おぬしの言う駆除とやらは、殺すことと同義と考えるが、相違ないかや?」


「ええ、まあ」


「ならば、おぬし、いや、おぬしらは見誤っておる。あれは本来駆除できぬものじゃ。妾の世界では、あれをあやめたことはない」


「ならば、どうしたのですか?」


にえを出した」


「ああ、なるほど」


 竹川は、あっさりと肯いた。可能性の一つとして、仮説を立てていたのだ。


岩鬼トロール屍鬼グールごときならば妾達の敵ではない。しかし、ドラゴンかなわぬ。妾達は神代より、竜の災禍に見舞われたら贄を差し出し鎮めたのじゃ」


「詳しく聞かせてください」


「かまわぬが、そんなことを聞いてどうするのじゃ」


「いわゆる人身御供の風習は、こちらの世界でもありました。生け贄はどの宗教圏でも認められた儀式でしたが、それらは現代では廃れてしまった。科学によって迷信と定義されたからです。しかし、あなた方の世界では生き残っている。それも、ただの迷信というわけではなさそうだ。何しろ明確な実害への対処療法として、受け継がれたものです。きっと、何か意味があるはずなんです」


 竹川は贄の選定基準、竜へ献上する際の儀式について順に聞いていった。贄は一族の中でも、特に魔導に秀でた者を選ぶらしい。その上で、供物として捧げるために台座をつくり、贄の儀式と称して台座で一晩過ごすそうだ。儀式の最中は、贄として選ばれた者以外が台座に近づくのを禁止している。そのため、贄がどのような末路を辿ったのかは想像するしかない。確実なことは過去に贄と捧げられて生還した者は一人も居ないこと、そして贄の儀式をすることで確実に竜が現れなくなることだった。


「生け贄を捧げたら、確実にドラゴンがいなくなるのですか」


「そうじゃ。二度と現れぬ」


 断言するネシスに対して、竹川は唸るような声を上げた。


「ちょっと待ってください。過去に何度も贄の儀式が行われていると言っていましたが、その話と矛盾しませんか。二度と現れないのなら、何度も贄の儀式をやらなくても済むはずだ」


「何も矛盾せぬ。そのとき・・・・現れた竜がいなくなるだけのことじゃ。次に現れる竜は別のやつよ」


「ああ、それぞれの儀式は別個体に対して行われたわけですね。竜が現れる間隔はどのくらいなんですか?」


「決まっておらぬ。とにかくいつの間にか現れて、贄を捧げると消えていく。かつては、そういうものじゃった」


「なるほど、ありがとうございます」


 竹川は肯くと、手元のノートに素早く記録をつけた。


 その後、二時間ほどで調書を終えた。


 いつの間にか、ユナモは眠っていた。


◇========◇

次回3月1日(日)投稿予定

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弐進座

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