月獣(Moon Beast) 11

【シカゴ郊外 VIII号戦車マウス】


 ユナモが反応爆弾の起動術式を発動させた。


 間髪入れず、背後から眩い閃光を焚きつけられ、本郷は思わず振り向いた。視察窓から網膜に危害を及ぼすほどの光が差し込んでいる。彼はゴーグルをかけた。砂埃を防ぐ機能しか持たなかったが、裸眼で見るよりも幾分かましに感じられた。


 ゴーグル越しに捉えたのは巨大な光のモニュメントだった。円柱状で高さも幅も数百メートルに及び、表面は禍々しい模様で覆われていた。内部の閃光が模様を周囲に映し出し、まるで走馬灯のように怪しい図画を地表に描いていた。


「なんだ、あれは……」


 反応爆弾によるものだろう。しかし、明らかにおかしかった。まるで爆発を巨大な円筒の容器に閉じ込めているかのようだ。その証拠に反応爆発時に生じるはずの、逃れようのない衝撃波を感じることが出来なかった。


 円柱の色は眩い白から鮮やかな橙色へ遷移していった。


【シカゴ郊外 グラウンド・ゼロ】


 アイアンメイスと名付けられた反応弾頭は爆縮インプロージョン方式だった。


 弾頭の中心核には反応物質として天然ウランとプルトニウム239が用いられている。その周囲を二千五百キロの爆薬が取り囲み、それらは複数の種類に分けられていた。


 RDXとTNTの混合爆薬コンポジションとトリニトロトルエンと硝酸バリウムによって構成されたバラトールだ。それら二種類の爆薬は三層にわたって、中心核を包み込んでいる。


 まず中心核の周辺を混合爆薬が、さらにその外側をバラトールが包み、最後に表層部を再び混合爆薬が包んでいる。これら爆発速度の複数の違う火薬を多層的に取り込むことで、起爆時に生じる爆風(圧縮力)のむらを調整、同時かつ均等に中心核にぶつける仕組みだった。


 ユナモの魔導術式は弾頭に満遍なく取り付けられた三十二個の点火プラグを同時に起動させた。


 次の瞬間に、連鎖爆発が生じる。点火プラグ近く、第一層の混合爆薬がコンマ以下の秒単位でいち早く燃焼し、中心核に向う。しかしバラトールの第二層に達したとき、燃焼作用の歩みが遅くなり、周辺の燃焼速度が均一化された。


 最終的に中心核周辺、第三層の混合爆薬に達したとき、爆発の衝撃は光を凝集するレンズのように圧縮され、反応物質の原子核を崩壊させた。


 崩壊したプルトニウム239の原子核から中性子が飛び出し、別の原子核に吸収、崩壊させる。崩壊の波は連鎖的に発生、数千レムの放射線が放たれ、反応爆発を引き起こした。


 爆発高度はゼロだ。


【シカゴ郊外上空 駆逐艦<宵月よいづき>】


 <宵月>が反応爆発の衝撃を受けることはなかった。ネシスの結界によって、ほぼ完璧なまでに防がれていたからだ。


 眼下で展開されている光の奔流、そして灼熱の業火の嵐は十分じゅうぶんすぎるほど伝わってきていた。<宵月>の将兵は視覚的に、そして聴覚的に感じとっていた。


 眩いばかりの光と連続的な爆裂音が艦底から突き上げてきた。

 将兵達は沈黙をもって堪えた。

 艦長の儀堂とて例外ではなかった。


 彼は耳当てレシーバー越しに漏れてくる苦悶の声を聞きながら、終わりを待っていた。ネシスが魔導の結界を維持すべく、堪えていた。文字通り身体を焦がすような痛みに貫かれながらも、結界の締め付けをより強くしていった。


 反応爆発は強力だが、数万トンの質量を消滅させるには不十分だ。爆心地グラウンド・ゼロから広範囲に破壊をもたらすことができるが、それは衝撃波によるもので原型を留めぬほど完全に消滅させるわけではなかった。塵芥と化すのは、爆心地を中心としたほんの数百メートル・・・・・・の範囲でしかない。


 彼女は、異形と化した同胞達を完全に消滅させる覚悟だった。そのためには反応爆発の威力をあますところなく封じ込める必要があった。爆心地で生まれる灼熱の光球を閉鎖空間に密封しなければ、月獣へ与えるダメージは限定されていただろう。


 ネシスは仕留め損なうことを最も恐れていた。それは死よりも堪え難い苦痛の中に、同胞を放置するに等しい。


 全く幸いなことに、彼女が恐れていた事態は訪れなかった。


 鋼鉄すら蒸発する灼熱の光球が月獣の腹部に産み落とされた。大気が膨張し、熱波と衝撃が月獣の身体を吹き飛ばす。熱と衝撃の波はネシスが展開した円筒状の結界の中で圧縮され、荒れ狂う破壊の嵐が内部で展開された。


 再生能力を超えた一撃だった。それは、まさに刹那の間に月獣の全身を覆い、この世から消滅させた。数百メートルを超える巨体は、一瞬にして光に飲み込まれ、断末魔をあげることなく、終わり迎える。


 <宵月>から展開された結界が消え去ると、後に残されたのは炭化した塵の山だった。


 無限とも思える爆裂音の嵐は徐々に収まり、やがて完全な静寂が訪れた。


 <宵月>の誰もが顔を見合わせ、戸惑いと混乱の海に投げ出されている中で、艦長席に座った者だけが氷のように冷静だった。


 喉頭式マイクのスイッチが入った。


「ネシス、終わったか」


 耳当てから荒い息が伝わってきている。


『ああ、終わりじゃ。終わった。終わらせた。みな、居なくなった……』

「そうか……」


 儀堂はかける言葉を見失いつつも、手探りで続けた。


「お前は成すべきことした」

『……そうじゃな』

「ああ、そうだ……」


 <宵月>は高度を下げていく。


 降り立ったのは爆心地のすぐそばだった。


◇========◇

次回9月8日(日)投稿予定

ここまで読んでいただき、有り難うございます。

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引き続き、よろしくお願い致します。

弐進座


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