シカゴ型(Ground Zero) 3

 儀堂は深く呼吸すると、自己嫌悪現実逃避を終わらせた。


「ネシス、回復できるか?」


 月鬼は強力な回復能力を持っている。かつてネシスと邂逅したとき、儀堂はその身に弾丸を叩き込むも、すぐに傷口は塞がってしまった。


『すまぬ。妾にもわからぬ』


 消え入るような声だった。


「だから謝るな。わかった。障壁の展開に支障は無いのか?」


 儀堂は<宵月>を包む黒い幕を見据えていた。数分前よりも、黒の濃度が薄くなったように感じる。

 ネシスは言いよどむのがわかった。ほどなくして<宵月>に、危機的な未来が訪れそうだった。


「障壁の維持がお前の負担になっているのだな」

『そうさな。お主の言う通りだが、些末なことじゃ。維持だけならば、できようて』

「攻撃を受けた場合は?」

『長くはもたぬ……』


 ネシスは苦しげに絞り出した。


「そうか。少し待て」


 儀堂は艦橋内へ視線を巡らし、副長の興津と目が合わせた。どうやら直感的に上官の決心を悟ったらしい。背筋が自然と伸ばしていくのが見て取れた。


「艦長――」

「副長、オレは防空指揮所に上がる」


 艦長席から立ち、儀堂は壁に掛けていた外套と双眼鏡に手を伸ばした。


「了解です。ならば私も――」

「いや、君はここで待機だ。もしものときは後を頼む。ああ、そうだ。機関部に全力発揮の用意をさせろ。そのほか各部からの連絡は、私につなげてくれ。使いぱしりにしてすまないね」


 何事が言いかける興津を畳みかけると、儀堂はそのままタラップを昇った。

 防空指揮所へつくや、喉頭式マイクに手を当てる


「ネシス、聞こえるな。障壁を開けろ」

『ギドー、おぬしはどこにおるのじゃ? 気配が動くのがわかったぞ』

「それは後で良い。反応爆弾の衝撃も収まった頃合だ。シカゴBMの様子を把握したい。お前の障壁が邪魔で、見えないんだ」

『見えるように計らうこともできるぞ』

「今すぐ見たい。いいから開けろ。そんなこともできないのか? お前は役立たずか?」


 言い終わるや、直後に障壁が解かれた。<宵月>の周囲を隔絶した球体が取り除かれ、塵芥の残骸と化したシカゴ市街が目に入った。


「よろしい。<宵月>を湖面に降ろしてくれ」

『……わかった』


 宙にあった<宵月>の船体が湖面に着水した。数千トンの淡水が押しのけられ、楕円状の波紋が広がっていく。


「これでいい。さて……」


 儀堂は、双眼鏡を構えた。虚空に浮かぶシカゴBMが映し出される。本来なら視界を遮っていたはずのビル群は倒壊し、全景を見取ることができた。


 シカゴBMは徐々に高度を下げつつあった。その周辺を4つの小型BMが周回し、軌道上に光の帯が渡されている。その帯には解読不能な巨大に文字が浮かび上がっていた。


「……舞っているようだ」


 思わず感想が漏れ、マイクが音を拾った。


『ギドー、どうなっておる。おぬしの言う通り、障壁を解いたのじゃ。外の様子を聞かせよ』

「そう、急くな。話すのに骨の折れる光景だ」


 簡潔にBMの様子を伝えると、ネシスは唸ったまま何も話さなくなった。


「奴らが何をやる気かわかるか?」


 返事はない。その代わり、何事か呟く声が聞こえてくる


『……光の帯、解除の紋章を渡しておるのか。よもや、いや、ありえぬ。奴らが同胞はらからを解き放つなど』

「ネシス、心当たりがあるなら……いや、待て。さらに動きが変わったぞ」

『何が起きたのじゃ』

「繭が出来ている」

『なんじゃと?』


 シカゴBMの高度が下がるにつれ、それまで等間隔で周回していた小型BMの軌道が崩れだした。それぞれのBMが、不規則な軌道を描き、その後を追うように光の帯が渡されてく。


 帯はシカゴBM全体を包み込むように幾重にも展開され、やがて巨大な紫色の繭が出来ていた。小型BMは光の帯に吸い取られるように小さくなり、やがて完全に消失した。


 儀堂は自身の報告が正確さに欠いたと気がついた。


 後に残ったのは虚空に浮かぶ楕円状の球体だった。


「ネシス、訂正する。あれは繭ではない。卵だ」


 双眼鏡のレンズに映るシルエットは直立した卵、そのものだった。


 耳当てレシーバーから息を飲む音がした。


『ギドー、すぐにホーゲキするのじゃ! あれを産み出してはならん!! いかんのじゃ!!』


 悲鳴に近い懇願が鼓膜を打った。思わず眉をひそめたとき、殻を割る音がミシガン湖上の空に響き渡った。


 卵状のシカゴBMにヒビが入り、光が漏れる。そのヒビの隙間から巨大な手が見えた。 


◇========◇

次回6月23日(日)投稿予定


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る