シカゴ型(Ground Zero) 4:終
直感的に儀堂は危機を悟った。正体は不明だが、直径数百メートルの球体から何かが這い出ている。どんな楽観主義者も、次に起こる事態がろくでもないものだと思わざるをえないだろう。
「目標、シカゴBM。撃ち方始め!」
<宵月>の前後4砲塔から毎分19発の速度で、直径十センチの鉄芯が吐き出される。それらはシカゴ上空に浮かぶ暗黒の卵球へ突き刺さった。炸薬が作動し、小規模な爆発が生じ、あちこちで灰色の噴煙をまき散らされる。<宵月>と同クラスの駆逐艦ならば、とっくに鉄くずと化しているだろう。しかしながら、相手は超弩級戦艦も越える質量の持ち主だった。
シカゴBMの卵球は、小揺るぎもしなかった。
「不愉快な事実だな」
儀堂は眉一つ動かさなかった。戦果は期待してなかったが、それにしても無様すぎる光景だった。己の存在意義を疑いたくなる。
オレは
『ギドー、どうなった』
ネシスが、察した様子で尋ねてきた。
「そうだな……」
卵球に大きな亀裂が入り、黒い
目前の情景を、儀堂は要約した。
「手遅れだ」
【シカゴ上空 ERB-29 "Apollo"】
「さらに高度を下げる。各員、あの奇怪なBMから目を離すなよ」
アームストロングは操縦桿を倒すと両翼のフラップを切り替えた。巨人機が左旋回しながら、地表との距離を詰めていく。アームストロングは眼下の光景に複雑な気分を抱いた。
その双眸に完全な廃墟と化したシカゴが映っていた。睥睨するように宙に卵状のBMが浮かび、現状がいかに末期的かを示していた。
「スティーブ、これ以上高度を下げるのは危険です」
副操縦士のマーカスが、六千に近づきつつある高度計を忙しなく確かめている。いち士官として、その挙動は大いに改善の余地があるように思えたが、発言には一理あった。
「そうだな。現高度と距離を維持したまま、旋回を続けてくれ」
アームストロングは操縦をマーカスに預けると双眼鏡を手にした。巨大な黒い影に焦点を合わせること数秒後、BMの下部をかろうじて捉えることが出来た。
初めに覚えた感情は困惑と混乱だった。理解を拒否したと言うべきだろう。
「BMに脚が生えている……?」
今やERB-29は、全乗員の両眼、搭載されたあらゆる観測機器を総動員し、孵化の瞬間を捉えようとしている。
臨界は唐突に訪れた。
シカゴBMの卵球が紫色の光を放ち、破裂し、黒い粘度のある液体に包まれた巨影を産み落とした。
<宵月>とERB-29、それぞれの乗員は、新たな生命の立ち会い人となった。誰一人として祝福を告げる者はいなかった。投げかけられた言葉は呪詛か罵倒、いずれかだった。
間を置かずして、<宵月>とERB-29から緊急電が発信された。それぞれ宛先は異なっていたが、内容は同一だった。
“シカゴBMより、超大型魔獣が孵化せり”
【シカゴ郊外】
起爆の瞬間、本郷の戦車中隊はシカゴへ背を向け、
突風が止むまで数十秒はかかった。爆発の影響が収まった頃合で、本郷は各小隊の指揮官に異常が無いか問い合わせた。
『各員、異常なし』と六回ほど返され、彼は胸をなで下ろすと、中隊を郊外の空き地へ集結させた。そこは小高い丘で、元は
本郷は
「……あれが反応爆弾か」
呟きと同時に、額に冷や汗が伝っていく。もし、六反田からの連絡がなければ、自分は
その根元へ視線へ向け、本郷は絶句した。
三本の生首が迫ってきているのが、見えた。
各頭部には鋭利な角を生やし、顔つきは醜い猿のようだった。それぞれ頭部に長大な首が続き、奇怪な胴体に繋がれてる。胴体背面部に無数のトゲが突き刺さるように伸びている。臀部からさらに二本の尾らしきものが見てとれる。尾の先は複雑な形状の膨らみが着いていたが、本郷から詳細を見て取れることが出来なかった。
『隊長、あれはいったい――』
無線越しに中村中尉が尋ねてきた。
「わからない」
ようやく本郷は答える。
「ただ、あれを僕らで倒すのは難しそうだね」
開き直った心境で続けた。
いったい、どれほどの大きさなのだ。
うん、わかるぞ。
きっと戦車砲ごときじゃ駄目だ。
反応爆弾なら、話は別かも知れない。
いや、どうだろう。あいつはキノコ雲の根元から来たようだ。
反応爆弾といえば、シカゴBMはどこに消えたんだ?
◇========◇
ここまで読んでいただき、有り難うございます。
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今後も宜しくお願い致します。
弐進座
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