シカゴ型(Ground Zero) 2

【シカゴ上空 ERB-29 "Apollo"】


 反応爆弾が作動した直後、ERB-29アポロの機体は大きく揺らされた。輻射熱によって産み出された大気の波は、10000メートル上空へ到達し、銀色の機体へ己が威力を知らしめたのだ。


 機内で、小規模な混乱が起きたが、アームストロングの指揮で短時間で収束した。彼は出撃前のブリーフィングで、モニュメントバレーで行われた実験の記録フィルムを見ていた。十分に予想できた事態だった。


 しかし、その後の展開については、彼の予想を大きく裏切った。


 キノコ雲によって塞がれた視界が晴れ、その先に黒い5つの球体が見えたとき、機内の誰もが言葉を失った。


 最初に言葉を漏らしたのは、隣の副操縦席からだった。神を罵る言葉だった。その場にいる大半の当事者の心境を代弁するものだった。


 機長のアームストロングはたしなめると、沈痛な空気に包まれた機内へ向けて成すべきことを伝えた。


「デンバーのHQへレポートする。反応爆弾スレッジハンマーの作動を確認。しかしながらBMに変化は認め――いや、待て。マーカス、しばらく頼む」


 アームストロングは副操縦士に、機体を預けると、双眼鏡を手に取った。眼下の天体図が異常な動きを見せ始めていた。それは反応爆弾投下前に見せたものと、やや異なっている。あのときは、五つのBMを繋ぐように複雑な帯模様が形成され、そこには解読不能な文字が浮き上がっていた。


 今は違う。文字は消え、シカゴBMを取り囲む4つのBMが怪しく紫色に光り輝き、お互いを繋ぐリングが形成されている。まるで土星サターンの環のようだった。


「手の空いているものはシカゴBMの状況を観測しろ。ジェフ、撮っているか?」


 偵察員の名を呼ぶ。


「ええ、撮っています。スティーブ、我々は何を見せられているのですか?」

「今はわからない。いいか、フィルムの残る限り、撮り続けろ」


 アームストロングは一呼吸置いた。息苦しさを覚える。換気が必要だった。


「みんな、聞いてくれ。反応爆弾は期待した効果を上げなかった。状況は……絶望的だろう。しかしながら、我々には任務が残されている。未来へ繋ぐための任務だ。我々は挫けない。可能な限り、現空域に留まり、BMを観測。記録データを司令部へ持ち帰る。いずれ、その記録が、この危機を乗り越える人類の叡智へ繋がるはずだ。マーカス、針路をシカゴBMへ向けろ。高度は保持したままだ」

了解ラジャー。スティーブ、あなたが機長でよかった」


 マーカスは神への信仰を取り戻したようだった。


「ああ、ありがとう」


 他の隊員も果たすべき任務へ集中しつつあった。暗澹たる空気の比重が、いくぶんか軽くなっていくのがわかった。


 完全ではないにしろ、換気は成功したようだった。


 アームストロング、司令部デンバーへの第一報を脳内でタイプし始めていた。

 

【シカゴ沿岸 駆逐艦<宵月>】


 シカゴBMの変化は、<宵月>からも確認できた。しかし、上空のアームストロングたちほど鮮明に見えたわけではなかった。反応爆弾で巻き上げられた粉塵によって、地表は未だに視界不良な状態だった。


「完全に晴れるまで、しばらくかかりそうですね」


 興津は曇った表情を浮かべ、儀堂は無言で肯いた。


 手持ち無沙汰だった。興津に限らず、<宵月>の兵員の大半が、待機状態を強いられている。誰ひとりとして、状況を正確に把握できていないため、動きがないのだ。


 喉頭式マイクのスイッチを切り替えた。唯一、艦外を視られるヤツがいた。


「ネシス、何かわかるか?」


 しばらく待ってみたが、返事がなかった。


「ネシス、どうした?」

『ああ……』


 聞き取れそうにないほど、消え入りそうな声音だった。ふと、儀堂は思い返した。反応爆弾が作動してから、この好奇心過多の鬼が何も言ってこなかった。


『すまぬ、ギドー。しばらく待ってくれぬか?』

「かまわないが、一つ聞かせろ」

『……なんじゃ?』

「お前、無事ではないな」


 取り繕った嗤い声が返される。


『何を申しておるのやら。そんなに妾の声が恋しかったか?』

「オレの質問に答えられないのか? それは肯定と受け取って良いのか?」

『……すまぬ。頼むから、待ってくれ』

「わかった」


 儀堂は断ち切るように言うと、魔導機関室の高声令達器スピーカーへマイクを切り替えた。誰よりもネシスの状況を把握している者がいるはずった。


御調みつぎ少尉、ネシスの状況を報告せよ」


 魔導機関室の高声電話が繋がる。


『艦長、御調です』

『ギドー!!』


 遠くから悲鳴に近い声をネシスが聞こえた。


「御調少尉、ネシスの状況を報告してくれ」

『やめよ!!』

「言え。どうなっている?」


 御調は端的に要約した。


彼女ネシスは失明しています』 

「そうか。ありがとう」


 再び、儀堂はマイクを切り替えた。


「ネシス」

『すまぬ』

「謝るな。なぜ隠した?」

『お主を失望させてしまう』

「莫迦野郎」

『……すまぬ』

「頼むから、謝るな」


 絞り出すように儀堂は言った。


「オレが過ったのだ」


 気づくべきだった。


 ネシスの感覚は<宵月>の機器と接続されている。電探レーダー聴音機ソナーによって、五感が何倍も増幅された状態になっているのだ。


 そこへ反応爆弾の強烈な閃光を浴びせたら、どうなる?


――畜生め。オレこそが莫迦野郎だ。


◇========◇

次回6月16日(日)投稿予定

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