神の火(Prometheus) 2


 電気信号によって爆薬が作動し、信管内に収納された2つの元素の塊が激突、臨界に達する。次の瞬間、中性子とウラン原子がミクロの単位で踊り狂い、衝突し合い、原子の分裂を連続的に巻き起こした。それらの反応は莫大なエネルギーとなって膨張していった。


 エネルギーは太陽に等しい高熱となり、大気を白熱化し、正視に耐えられぬ巨大な光の球が地上に産み落とされる。光球を中心に輻射熱の波が周囲に放たれ、大地を剥がし、周囲にあるものを溶かし、気化させた。輻射熱に続いて衝撃波が数キロ圏内に渡って、覆い尽くしていく。空気の津波が地表にあるものを等しく吹き飛ばした。


 猛烈な衝撃波は急激な気圧の変化を引き起こし、中心部へ向けて容赦の無い大気の揺り戻しが起きた。それらは一度巻き上げた地表の埃を再び絡め取って空へ駆け上がり、毒々しいキノコ状の噴煙となって天を貫いた。


 遮光ゴーグルすら貫くような閃光、それから十数秒後に衝撃波が分厚いコンクリートで形成された観測所に到達した。衝撃波はモニュメントバレーの地表と岩山を削り取り、茶褐色の埃を周囲へまき散らした。まるで砂嵐に遭ったかのように窓の外が砂の煙に覆われ、一切の視界が効かなくなった。


 地鳴りと暴風、窓の外にたたきつけられる埃の音に包まれながら、室内は沈黙に包まれた。数名が呻きにも似た声をもらしたような気がする。


 キノコ雲が頂点に達し、外界が元の平穏を取り戻した後、栗林の後方で「ブラヴォー」という声が上がった。独逸訛りの言葉だった。つづいて、実験の成功が報告された。その一言を皮切りに、歓声と拍手で室内が満たされた。


 栗林は控えめな拍手をしながら、隣の海軍士官を見た。極めて不健康な顔色をしていた。彼にはその理由がわかっていた。なぜなら、栗林自身も同様の顔色していたからだった。爆発の瞬間から、血の気が引くのを感じていた。


 小鳥遊は栗林の視線に気がつくと、そっと小声で話しかけた。


「閣下、自分はここに呼ばれた理由を察しつつあります」

「奇遇だね、実は私もだよ」


 栗林は硬い表情で肯いた。


 数十分後、シャンパンが空けられ、室内に集まった高官に配られた。


 その中の一人に、今回の計画の責任者が含まれていた。合衆国陸軍のレズリー・グローヴス少将だった。彼は満面の笑みで二重顎を揺らしながら、背広を着た技術者を讃えた。


 その科学者は長身、短髪で特徴的な大きな目をしていた。


「オッペンハイマー博士、合衆国ステイツのみならず全世界は君の献身に心から感謝するだろう」


 グローヴスは室内全員に聞こえるような大仰な言い方を行った。


「ありがとうございます。グローヴス少将」


 オッペンハイマーと呼ばれた科学者は遠慮がちに肯いた。横にいるハイゼンベルグは満足げに笑っている。


「アナハイム計画は君のおかげで成功だ。皆さん、ご紹介しましょう。我が合衆国が誇る叡智、ロバート・オッペンハイマー博士です。先ほどご覧になった実験の成果・・は、彼のチームが開発した反応爆弾によるものです」


 あらかじめ仕込まれていたのか、室内の数名が拍手を行った。栗林と小鳥遊は、この起爆実験の意味を確信をもって理解していた。もちろん構造や理論的なレベルでは無く、政治的な次元での話だった。


 要するに、これは合衆国による一種のデモンストレーションなのだ。いや、はっきりと言ってしまえば第三国に対する合衆国の示威行為だった。その中でも最大のターゲットは日本だろう。


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次回2/15(金)投稿予定

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