神の火(Prometheus) 3:終
BM出現以降、国土の被害を最小限に抑えられた列強国は日本だった。この五年間で極東の島国は、対BM戦争の軍時特需で一気に工業生産力の拡充に成功し、東洋の奇跡とまで呼ばれるようになった。本来的には合衆国との戦争に振り分けられるはずの物資と人員が魔獣との戦いに投入され、その原料と費用を不本意ながら合衆国が肩代わりしたからだ。皮肉なことに、合衆国はかつての仮想敵国を育てる羽目になった。その結果、日米において技術力と生産能力の差は5年前よりも縮まっている。今のところ合衆国の優位は保たれているが、この戦争が長引けば話は違ってくるだろう。
ならば彼等が取るべき手段は一つだった。一日でも早く、北米を蝕む月を全て消失させ、魔獣を殲滅するのだ。そして力の均衡を取り戻さなければならない。
彼等とて、二度目のパールハーバーは御免だった。1941年、あの黒い月がオアフに現われた日、たまたま近くで日本の艦隊が演習していたなど、二度とあってはならないことだった。
合衆国が、日本の軍人をわざわざユタ州まで呼びつけた理由は、彼等なりの意思表示をおこなうためだった。遠くない未来に訪れる戦後、その時代の盟主が誰であるか知らしめるためだった。
「あんなものを艦隊のど真ん中に落とされたら、ただでは済みません」
遠巻きにオッペンハイマーたちを見守りながら、小鳥遊は絞り出すように言った。
「きっと、そうだろう。だけど小鳥遊君、艦隊よりも狙いやすいものがあるだろう」
「……前線ですか? 要塞あるいは塹壕に立てこもった部隊?」
「違うよ。彼等は対BMのためにあれを造ったのだ。巨大な的を一気に消滅させるためにね。日本には数十万の
「まさか――」
栗林は能面のような表情で、肯いた。
「相手が魔獣か否かなど彼等には関係ない。我が国が敵となれば、帝都にすらためらいなく使うだろうさ」
法学者の小鳥遊の頭脳では理解しがたい状況だった。数十万の市民を目標とした殺戮劇を、いかなる法的根拠持って正当化するというのだ? だが、一方で軍人としての経験が告げていた。
――流血を厭う者はそれを厭わぬ者によって必ず征服される
クラウゼヴィッツの言葉だったろうか。確か、そのはずだ。
額から一筋の汗が流れ落ち、急に喉の渇きを覚えた。小鳥遊は手に持ったグラスを空けた。
シャンパンはぬるくなっていた。
「どうやら彼等は我々のメッセージを正しく受け取ってくれたらしい」
部屋の片隅で何事か話す二人組の日本人を、ウィリアム・ドノバン陸軍少将を見守っていた。彼は戦略諜報局《OSS》の局長だった。栗林と小鳥遊など諸外国の高官を招聘したのは、ドノバンの意向によるものだった。彼はグローヴスの自己顕示欲の強さを利用し、このデモンストレーションのセッティングを行った。
「満足か? ならば、ここから先は我々に任せてもらおう」
憮然と隣で腕を組んでいたのは、カーチス・ルメイ陸軍少将だった。彼は陸軍航空隊の第20空軍隷下の第21爆撃集団司令官に就任したばかりだった。対BM反攻作戦においては、彼の部隊が反応爆弾の投下任務を実施する予定だった。
「何か懸念があるのかね? それとも含むところが?」
ドノバンは相好を崩して言った。あえて怒らせるためだった。相手の本音を引き出すには、感情的にさせるほうが手っ取り早かった。ルメイは大きく
「君に限らず、誰も彼もが忘れているようだ」
「忘れている? 何をだね?」
「爆弾というものは、敵に落とさなければ意味が無い。実験が成功したのは大いに結構だ。君の任務も、あの日本人どもに見せつけたことで
「なるほど、君の言う通りだ。しかし、B-29ならば可能だろう?」
「防空に不安が残っている。オンタリオ上空におけるドラゴンとの遭遇頻度は高い。魔獣どもの航空戦力を甘く見ることはできん。何よりも反応爆弾の数には限りがある。可能ならば――」
可能ならば、B-29すら凌ぐ防御力を持った爆撃機が欲しかった。しかし、それは無理な話だった。この地球上に、B-29以上の戦闘力を持った航空機など存在しない。日本は論外であり、英国ですら持ち合わせていないだろう。
ドノバンはルメイの話を興味深く聞いていた。彼とて軍人であるからには、敵の撃滅を最終的な目標としていた。ルメイの懸念はもっともなことに感じた。
ふと彼は極東支部が送ってきたレポートを思い返した。レポートでは、横須賀での戦闘について詳細な記載がなされていた。しかし、内容があまりにも荒唐無稽すぎて、まともに取り合う気にもならなかったものだった。
――
仮にそんなものがあるとすれば、それこそ反応爆弾の輸送にうってつけだろう。少なくともB-29よりも頑丈そうには思えた。
◇========◇
ここまで読んでいただき、有り難うございます。
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今後も宜しくお願い致します。
弐進座
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