終点(Seattle) 3

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 そのとき、彼女は高台に備えられた方陣の中にいた。ちょうど儀式の最中だった。

 奉り事を執り行い、地の竜と天の精霊を仲介しなければならなかった。

 彼女の故郷くには、山奥にあり、生家は代々その地を統べる一族だった。

 そのとき彼女は一族の命運を、小さな背中に負っていた。

 儀式が成功しなければ、彼等は滅びの道を辿るほか無かった。


 一族は周辺の種族との戦いで追い詰められていた。


 彼女らは個体としては、他の種族よりも優越していたが、絶望的に数が足りなかった。

 一族は数の差を埋めるために、魔導を操り、他の種族を圧倒した。それ故にいっそう、彼女の一族は恐れられていった。


 戦いが起きた理由は今となっては思い出すことが出来ない。ただ、彼女らが他の一族と明確に異なる部位を持っていたが故に忌避されていたのは確かだった。

 長きにわたる戦いで、どちらが先に仕掛けたのかすら、誰も覚えていなかった。気づいたら、いつの間にか彼女の故郷を取り囲むのは敵ばかりだった。遠からずして、彼女の故郷は消失しようとしていた。


 彼女は儀式の装束に身を包むと、舞った。


 ただひたすらに戦いを終わらせる願いを込めて舞い、そして彼女の一族を滅びの道から救うために舞い続けた。


 救いの舞いは三日三晩続いた。

 その間、その身に宿した力の全てを使い切り、意識が混濁していく中でも舞い続けた。

 やがて彼女の願いは地の竜へ通じ、山嶺から天へ一条の光を放った。


 ぼやけていく視界が天を貫く光の筋を認めたとき、彼女は誰よりも安堵した。

 天へ願い届いた。これで我が一族は救われると思った。


 変化は直ぐに訪れた。


 初めは帚星の類いかと思った。しかし、おかしなことにすぐ気がついた。星の尾が急に形をかえると、光の塊となってどんどん近づいてきたのだ。


 巨大な光だった。


 太陽が落ちてきたとすら、思った。

 その光の塊は、彼女らが住まう山嶺を削り取り、大海原に落ちた。

 大波が巻き起こり、彼女の山嶺周辺にいた多くの種族が命を落とした。

 一族は歓喜した。天の神が我らが願いを届けたのだと信じた。


 全く、今にして思えばおめでたい話だった。

 確かに、彼女の一族は滅びの道を脱することが出来た。

 その代わり、救いのない無間の地獄を彷徨うことになったのだ。

 

 海に浮かんだ光から、現われたものたちは彼女ら一族に新たな力を与えた。彼女らは一人ずつ光の塊に招かれ、肉体を根本から変容させられた。光の塊から還ってきたモノは、老いと死の恐怖から解き放たれていた。如何なる傷もたちまち治癒し、比類無き膂力を持つ神の身体を手に入れた。


 一族は光を崇めた。そして光に命じられるがままに、世界を蹂躙することにした。それは一族が望んだことでもあった。彼等は世界に恐怖し、憎悪していた。光が与えた力は彼等の恐怖と憎悪を膨張させ、比例して彼等は無制限の暴力を振りまくことになった。


 一族は無数の魔獣を従え、彼等を取り囲む種族や国家を征服していった。

 その中には、かつて友好的な関係を結んでいた集団もいたが、力に溺れた彼等に区別はつかなくなっていった。


 やがて、一族は世界を敵に回す存在となった。

 世界は団結し、彼女ら一族を共通の敵として、反攻を開始した。


 いかに不滅の存在といえども、たかだか百数鬼でこの世全てを統べれるはずもなく、一鬼また一鬼と倒され、再び一族は追い詰められていった。

 

 そうだ。

 同じではないか。

 妾が命を賭した舞ったあの日と全く同じになってしまった。

 いつの間にか、妾たちの周りは敵だらけになってしまった。

 こんなものを望んだ覚えはない。

 妾は、ただ一族の平穏を願っただけなのだ。

 誰にも脅かされず、明日に怯えること無く今日を過ごせる世界を妾は願い、全身全霊を捧げた。

 それなのに、妾たちの心は暗く閉ざされたままだった。

 ああ、だから妾は気づいたのだ。

 あやつらはまやかし・・・・なのだと。 

 

 あな口惜しや。

 あやつらは妾の願いに寄生しおったのだ。


 元凶を絶たない限り、一族は再び滅びの道を辿っていくだろう。

 ネシスが反乱を起こしたのは必然だった。

 彼女の使命は一族の救済だった。

 そのために彼女は自身を奉じたのだ。


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【北アメリカ西海岸沖 駆逐艦<宵月>】

 1945年3月23日 深夜


 目を覚ましたとき、ネシスは憎悪に身を焼かれそうになっていた。

 しかし、すぐに無機質な感触が彼女の熱を冷ました。

 傍らにいる、今はもう過去の存在と化した妹の遺骸だった。

 憎悪から一転して、ネシスは悔恨の渦へ飲まれていった。

「すまぬ……」

 ただ一言絞り出し、冷たくなった骸を抱き寄せた。

 瞳から憎悪の残滓が流れ出ていった。


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次回2/7(木)投稿予定

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