対獣戦闘(Anti-beast warfare) 8:終

【北太平洋上】

1945年3月17日 昼


 <宵月>がワイバーンの大群を探知してから、一時間後、300体の大半が海の藻屑としてばらまかれた。


 まず三航艦が全力出撃させた烈風と流星により、大空の覆う濃紺の群れは100体以下にまで減少した。しかし、ワイバーンたちは散り散りになりながらも船団への進撃を止めなかった。彼等はまるで帰巣本能に従うかのように、ひたすら飛行を続けた。


 彼等(あるいは彼女ら)に待ち受けていたのは過酷な運命だった。ワイバーン達は海上に構築された火線の城壁へ突っ込むことになった。


 三航艦の戦闘艦艇による対空輪形陣だ。


 第三航空艦隊は隷下にある23隻の戦闘艦艇を輪形に配置していた。仮に艦隊を真上から見た場合、それら艦艇群はYS船団を取り囲むように、二重の輪を形成している。外周(外側の輪)と内周(内側の輪)だ。それぞれ外周に10隻、内周には13隻が配置されていた。


 航空隊との迎撃戦を越えた先でワイバーンが遭遇したのは、外周警戒に配置された<宵月>だった。ネシスによる魔導機関メイガスシステムと高射装置が連動した精密射撃により、さらに半数近くが討ち取られた。驚異的な迎撃率だった。


 魔導機関メイガスシステムの威力は絶大だったが、<宵月>が装備していた四式弾の効果も無視できなかった。ちなみに彼女宵月が撃ち漏らした半数は、射程外にいたワイバーンだった。儀堂とネシスは誓約に忠実だった。彼等は文字通り、魔獣を鏖殺しきったのである。


 <宵月>以外にも外周に配備された艦船によって、ワイバーンは次々と撃ち落とされていった。<宵月>ほど正確でないにしろ、彼等はそれなりの成果をもたらした。


 外周警戒線を越えたとき、ワイバーンは30体まで減じていた。生き残りに対して、内周にいた艦艇が全力射撃を浴びせかけた。このとき三航艦司令部は内周に配備された艦艇の大半、10隻を迎撃のため、南方へ振り分けていた。


 いささか過剰に思えるかも知れない措置だが、10分の1まで減じても、なおワイバーンは脅威だった。たとえ1体でも輪形陣の内側へ入り込まれては、殲滅は圧倒的に困難となるためだ。


 ワイバーンは滑走路無しVTOLで飛行可能な魔獣だった。平たく言えば、この翼を持ったトカゲは船舶ならば、どの船にも降り立つことが可能なのだ。もしYS87船団の船舶に取りついて火球を周辺にばらまかれたら、文字通り始末に負えない事態になる。最悪の場合、ワイバーンが乗り込んでいる船舶諸共、味方の砲撃で処分することになるだろう。


 内周に配備された艦艇から、次々とあらゆる口径の四式弾が吐き出され、蒼天の空は破裂した弾頭で灰色に汚されていく。そこに幾分かの紫色が加わった。


 翼がもぎ取れ、あるいは胴体から臓物をまき散らしなら、翼をもったトカゲがバラバラに散華していく。


 壮絶の一言に尽きる光景だった。


 内周の艦艇群は最大限の努力を行った。その点に疑いの余地は無い。しかし現実は残酷だった。

 3体のワイバーンが防空網を突破し、ついにYS87船団に到達した。

 三航艦司令部が最悪の事態を覚悟した。


 ワイバーンたちが、獲物として見定めたのは無防備な油槽船だった。口腔部が赤く点滅し、火球を生成するための化合物が臓器で生成された。それぞれが発射態勢にはいる。まもなく開口と同時に猛烈な爆発が生じた。


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【北太平洋上 <宵月>】


「三航艦司令部より、入電です。『只今の射撃見事なり。貴艦の奮戦に感謝す』だそうです」


 興津がほっとした表情で儀堂へ告げる。儀堂はいつもの様子で「そうかい」の一言で済ませた。


『間一髪だったのう』

「ああ、全くだ」


 <宵月>は元の外周警戒線まで回航中だった。


 YS87船団に辿り着いたワイバーンは獲物にありつくことはできなかった。彼等の後背より立て続けに飛来した四式弾によって、立て続けに処分され、火球を抱え込んだ個体は空中で大爆発を起こし、木っ端微塵となった。


「流石に隠し通すのも難しくなりましたね」

「まあ、いずれはばれることさ」


 <宵月>は艦船としてあり得ない機動を行っていた。彼女宵月は、外周を突破された後で、その場で船体を回転・・させ、駆逐艦としても異例の速度でワイバーンを追撃していたのだ。


 魔導機関によって、ネシスの力を増幅させた結果だ。いざとなったら、横須賀のときのように飛行して追いすがるつもりだった。


「三航艦司令部から召喚要請が来るかも知れない」

 儀堂は呑気とも思える口調で言った。

「いかがしますか?」

「わからない。でたとこ勝負さ」


 現状、<宵月>の驚異的な戦闘能力は秘匿兵器によるものとされている。ネシスが用いる魔導について詳細を知るものはいなかった。しかし、ここまで派手に暴れ回ってはさすがに隠し通すのは無理が出てくるだろう。


「ただ、うん、そうだな。横須賀のときのような事態が起きたら、お手上げだ。そうなったら秘匿兵器うんぬんでは通じないだろね」


 さすがに空飛ぶ駆逐艦を秘匿兵器で言い切るのは、どう足掻いてもできないだろう。


「そのときは何と答えるのですか?」

「駆逐艦が飛んで不都合があるのかと言い返すさ」

 興津は吹き出した。

「艦長、まるで六反田閣下のような言い草ですよ」


 六反田の名を出され、儀堂はあからさまに不快な表情を浮かべた。傷ついてすらいるようだった。


『今のは妾もそう思ったぞ』

「心外極まるな」


 両耳から異なった笑い声に受けながら、儀堂はかぶりを振った。


 通信室から兵士が艦橋へ走り込んできたのは、そのときだった。顔から病的なまでに血が引いている。儀堂はすぐさま異常が起きたことを察した。


「何が起きた?」

「し、司令部より急電です。ハワイのBMが、こ、こちらへ向ってきていると!!」


◇========◇

ここまで読んでいただき、有り難うございます。

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今後も宜しくお願い致します。

弐進座

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