対獣戦闘(Anti-beast warfare) 7

【北太平洋上空】

1945年3月17日 昼


 太平洋上空を濃紺の点ワイバーンが覆っていた、それらは無数とも思えるほどに重なり合い、大群を形成している。限りなく黒に近い、紺色の塊だった。そこに緑色の点日本軍機が加わりはじめたのは、数十分ほど前のことだった。約100個に及ぶ緑の点が縦横無尽に濃紺の塊へ飛び込んでいき、切り裂いていく。塊は緑の点が飛び込むたびに、蜘蛛の子を散らすようにばらけていった。


 緑色の点として、一番乗りを果たした戸張少尉の烈風は、4体目のワイバーンを血祭りに上げたところだった。


「切りがねえ!!」


 毒づくと同時に操縦桿を引き起こし、急降下から機体を立て直す。上昇に転じた烈風は、今度は濃紺の塊へ下方から突入した。


 戸張小隊がワイバーンの大群と交戦を始めてから、20分も経たぬうちに三航艦の保有する戦闘機の全力が後に続いて吶喊とっかんした。彼等は編隊飛行を維持していたが、やがてその無意味さを悟った小隊の長から編隊を解くように指示を下していた。戸張のその中の一人だった。


「畜生どもが、テメエ等の相手はオレ達だ!」


 戸張の気配に気がついたワイバーン達が下方へ向けて、火球を放ってくるも、当たる気配は全く無かった。烈風は、速度と旋回性能、そして武装全てにおいてトカゲどもに勝っていた。


 彼は火球をかいくぐると、機銃の雨を浴びせかけた。5体目のワイバーンが北太平洋の海の栄養素として落ちていく。戸張は濃密な敵獣の編隊の中を縫うように駆け抜けながら、操縦席越しに一瞬だけ振り向いた。彼の攻撃によって僅かにワイバーンは混乱し、群れがばらけそうになるも、やがて何事もなかったように、一塊になり、船団へ向って飛行を開始した。


「野郎ども、仲間がやられても動じねえとは――」


 薄気味悪さすら感じた。戸張が編隊を解いたのは、ワイバーンどもが反撃する気配を見せなかったからだ。緒戦の一撃離脱を行った後、格闘戦になるかと思いきや、戸張の存在など無かったかのようにワイバーン達は飛行を続けた。肩すかしを食らった気分だった。


 その後、何度も彼は突入を行うも結果は同じだった。こうなっては編隊を組む意味は全く無い。そもそも編隊は格闘戦になった際に、相互に支援するために生まれたシステムだ。味方が敵機に捕捉されないように援護し、あるいは捕捉されたときに敵機を逆に捕捉して撃墜するために、編隊は機能する。


 しかし、そもそも格闘戦を相手が望まないのならば、全く意味をなさない。対人戦と異なり、ワイバーンは護衛機の概念がないのか、火球による弾幕を張るだけで碌な反撃をしてこなかった。


 だからこそ始末に負えなかった。


――こいつら、捨て身で来てやがる……!


 3度目の突入で、いかに戸張達が盛んに戦いを挑もうとも、ワイバーンは意に介さない。敵獣の群れは一つの生命体のように、ただひたすら船団へ向けて飛行していく。それに気づいたとき、戸張は編隊を解いて、各個に撃破を命じた。敵獣との格闘戦が想定されないのならば、編隊飛行はむしろ非効率だった。自由に飛行させて、各個撃破させた方がよほど効率がいい。


 仮にワイバーンとの格闘戦となったとしても、戸張は編隊を解かざるを得なかっただろう。

 戦闘開始から30分後、さらに100機の流星艦爆隊が合流し、上空には濃紺と緑をかき混ぜた点の塊が形成された。


 完全なる大乱戦だった。渦中にいるものの中で、誰がどこにいて敵がどれほど残っているのか把握しているものは皆無だった。


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【北太平洋上 <宵月>よいづき


 <宵月>の艦橋では分刻みで航空戦の情報が更新されていた。搭載された電探が真っ直ぐに船団を目指す複数の機影を捕らえていた。


「敵獣、直掩隊の迎撃を突破しました」


 儀堂は左耳で副長の興津の報告を聞きながら、右耳の耳当てレシーバー越しにネシスと連絡を交わした。


「ネシス、突破したワイバーンを捕捉できるか」

『すでにしておる。どれから殺るのだ?』

「もちろん一番近いヤツだ。方位と高度を教えてくれ」

『よかろう』


 瞼を閉じたままネシスは微笑んだ。その瞳には、遙か遠方から飛来するトカゲの群れが複数投影されていた。彼女は同時に複数の目標を視ていた。


 ギドーは一番近いヤツと言った。それは<宵月>の右舷150度方向、18km彼方より飛来してきた。


 ネシスは数値を直接、高射装置の兵員へ伝えた。高射装置の兵員は言われるがまま、アナログ式演算機に数値を入力する。次に割り出された敵獣の予測針路と高度を方位と俯角へ変換し、各砲塔へ伝達した。


 砲塔内の砲員は伝達された方位と俯角へ向けて照準を向ける。油圧装置が作動し、規則正しい機械音と共に各砲塔が、右舷方向へ旋回を開始する。


 前後甲板へ備えられた4基8門の六五口径九八式10センチ高角砲の同調が完了する。


 数秒後、<宵月>の砲は初弾を発射した。


 高速で射出された10センチ砲弾は四式弾だった。内部の近接信管が作動し、電波を発振しながら空を切り裂いていく。数秒後、信管は反射波を捕らえ、砲弾は破裂した。


 電探が目標の消失を示し、副長の興津が信じられない面持ちで報告してきた。


「初弾、命中。目標の撃墜を確認」


 儀堂は満足げに肯いた。耳当てレシーバーから催促の声が上がってきた。


『ギドー、次はどれだ?』

「先ほどと同じだ。一番近いヤツから順に叩きつぶす」

『承知した』

「艦長、これは……?」


 興津は混乱しているようだった。無理もないだろう。興津から目標消失の報告を受けなければ、儀堂ですら先ほどの戦果報告の真偽を疑いかけたほどだった。


 ネシスを除き、乗員の大半が、白昼夢を見ているような気分だった。最大射程で、航空目標に初弾を命中させるなど、まぐれ当りとしか思えなかった。そうでなければ奇跡の所行だった。


 しかし、その後も<宵月>が発砲する度に、奇跡が量産された。


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次回1/4投稿予定

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