緩衝地帯(Buffer zone) 3

 迫撃砲から発射された砲弾は二次関数図のような放物線を描き、着弾した。手足や身体の一部を吹き飛ばされても鱗の流れを食い止めることはできなかった。敵獣はさらに接近し、今井は機関銃小隊に射撃命令を下した。


「撃ち方始め!」


 橙色の火線が鱗の波を切り裂いていく。耳障りな奇声が木霊し、血しぶきの雨が北米の地を汚していく。機関銃小隊に続き、急造した陣地より兵士達が狙撃を開始した。小銃弾では一撃で仕留めることはできない。しかし足止めくらいにはなった。竜種はトロールやグールと異なり、全く幸いなことに痛覚の存在が認められた。銃撃の雨に打たれ、僅かに前進速度が落ちる。彼我の距離は200メートルを切りつつあった。残り頭数は40頭まで減じている。


 群れの先頭集団が道路を離れ、今井達が立てこもる鉄塔の丘へ前足を踏み出し始めていた。


 今井は歯がみした。


――丘に地雷を敷設しておくべきだった。……クソが。


 埋没は無理でも、ばらまくぐらいの余裕はあったろう。畜生、他のヤツラもきっとそう思っている。誰もが何かを必ず忘れているのだ。


 忸怩たる思いを押し殺し、今井は虎の子の準備を行うことにした。先任の少尉を呼びつける。 


「三式ロタを準備しろ」


 三式ロタ砲バズーカは合衆国の技術供与を受けて開発された携行型噴進ロケット砲だった。『ロ』はロケット、『タ』は対戦車用成形炸薬弾の略だった。その名の通り、元は対戦車用に開発された兵器だったが今では対獣兵器となっている。正式名称を三式6センチ噴進砲という。1943年、合衆国との同盟が締結された後に技術供与により開発を受けている。そのため外見はM1バズーカに酷似しており、ほとんど模造品と呼んで良い出来になっている。事実、M1バズーカの弾頭は三式ロタに転用可能であり、その逆用も可能だった。これは意図的になされたものであり、北米戦線において日米間で弾薬の互換性を保たせるに取られた措置だった。


 今井の中隊には、三式ロタを装備した分隊が4つあった。それぞれ2名で構成されており、砲手と予備弾の運搬役に分かれている。


「ヤツラとの距離が150メートルを切ったら――」


 突然、大地が揺れたのはそのときだった。地震かと思った刹那、背後から悲鳴が聞こえた。ぎょっとして振り向けば兵が蛇竜ワームに飲み込まれようとしていた。ワームは強力な顎で腰から上を食いちぎり、腹に収めた。腰から下が無残に放置される。


「莫迦な。どこから――」

「大尉、地中です! ヤツは地中を掘り進んで出てきたんです……!」


 少尉が指さす方向には、盛り上がった土があった。そこから這い出てきたらしい。突然、背後を脅かされ、中隊は混乱に陥った。それまで保たれた士気が瓦解しはじめ、一部の兵士は配置から悲鳴を上げて離れそうなところを先任ベテランが必死に押さえつける。このままでは崩壊は時間の問題だろう。


「機銃はそのまま丘を登ってくるヤツラを押さえろ! 少尉、ここを頼む!」

「大尉!?」

「オレはロタで奴を仕留める! 1分隊借りるぞ。他はここの支援に回せ! 距離150を切ったら撃たせろ!」


 今井は駆け足でロタ砲の分隊の一つに駆けつけた。


「貴様ら出番だ。用意は出来ているな」

「いつでもいけます」


 分隊の兵士2名は緊張を顔に貼り付けさせていた。若い。二人とも二十歳そこそこに見て取れた。今井は二人の肩を両手で軽く叩いた。


「いいぞ。これからオレと狩りに出よう」

「はっ!」


 兵士達を引き連れ、今井は暴れ回るワームの側へ駆けつけた。他に数名行き場を無くした兵士を拾っていく。


「いいか、オレがヤツワームを引きつける。貴様等はその間に仕留めろ。出来るな」

「やります……!」


 若い兵士は2名とも戦意にあふれていた。今井は片方の口角を上げた。


「よし、任せた」


 そう言い残すと、今井は拳銃を手に他の兵士と共に蛇竜へ近づいた。


「撃て!」


 鉄塔の残骸に身を隠しながら、今井達は射撃を開始した。逃げ惑う兵士を相手に暴れ回っていたワームは小癪な攻撃に怒りを覚えたらしい。今井へ目を向けた。お互いに視線が交差する。一瞬、甲殻虫くわがたのような目だと思う。真っ黒だ。何を映しているのかわからない目だった。


「射撃を続けろ!」


 今井は兵士を鼓舞した。敢えて彼等より前に出る。内心では恐怖を押さえ込んでいたが、指揮官の個人的な武勇が及ぼす影響について彼は理解していた。実際、効果はすぐに現われた。背を向けた足を止め、彼の攻撃に加わった。四方から銃撃を浴び、蛇竜は咆哮あげながら支離滅裂な行動を取り始めた。ついに埒があかないと思ったのか、牙を剥き出しにしながら今井に突っ込む体勢をとった。


「散れ!」


 今井は振り向き、背後の兵士に叫んだ。刹那、ロタ砲が火を噴いた。今井の背後で強烈な爆音が轟き、周囲に肉片と体液がまき散らされる。酷い臭いだった。数名の兵士がショックで吐瀉した。今井は胃液がこみ上げるのを耐えながら、「しっかりしろ」と兵士を叱咤した。


「よくやってくれた」

「はっ……」


 ロタ砲を構えた兵士は放心しているようだった。ずいぶんと戦い慣れない印象を受ける。ひょっとしたら、これが初陣だったのかも知れない。名前は何だったろうかと思ったときだった。別の方向から悲鳴が聞こえた。先任の少尉を残した方向だった。


 何事かと目を向けた彼の目には、頭部を無くした先任少尉の姿が見えた。彼の理解を越えた現象だった。今井は思った。それを無くしちゃだめだろうに。



※次回12/4投稿予定

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