緩衝地帯(Buffer zone) 4
単純なことだった。地中にいたワームは一体では無かったのだ。
今井が後方の蛇竜を倒す間、そいつらは銃撃を逃れるため、中隊の陣地手前で、地中へ潜り進んできた。盛り上がった土の波が四方から迫る中、中隊の兵士は必死にロタ砲を浴びせた。噴進弾が土のシールドを破り、数体を土葬することに成功したが、対処が遅すぎた。ついに複数のワームが地中から現われ、中隊の陣地へ突入した。機銃座は壊滅し、ロタ砲が十分な威力を発揮する前に兵士は竜の腹に収まってしまった。
丘下へ向けられる火線が途絶えたのは明らかだった。間もなくワームに続き、バジリスクの波が押し寄せてくるだろう。
絶望を認識しながら、今井は再び指揮官を演じる決意を固めた。オレが死ぬまでに何分稼げるだろうか。ヤツラのクソになるのだけは嫌だったんだが……。
そう思ったときだった。どこからか大気が弾ける音がした。砲声だが、重砲のそれよりも小さく身近に聞こえるものだった。間もなく、丘を登る竜の群れ、その複数の箇所で
「大尉……!」
通信兵が息を切らせながら、駆けてきた。受話器を今井に差し出す。今井は無言で受け取った。
『トキワへ、こちらアズマ。遅れて済まない』
アズマ……。そうだ、戦車中隊の符牒だ。
「トキワより、アズマへ。助かる。おかげでここはアラモにならずに済みそうだ」
『よかった。サンタ・アナと同じく、
「確かに。まあオレ達もデヴィ・クロケットと同じく白旗を持ってなかったからな」
『はは……しばらく君らは丘上そのまま固めてくれ。後は任せたまえ』
アズマの指揮官は丘を取り囲む竜種へ榴弾の嵐を叩き込むと、全車で蹂躙を開始した。彼の中隊は先日補充を受けたばかりであり、装備、士気ともに良好だった。
半時間もせずに戦闘は終息し、今井達がいた丘の周辺は魔獣の肉片と体液で埋め尽くされていた。そのうちの幾分かは彼の部下が混じっているはずだった。
今井は各隊の指揮官に負傷者の手当てを命じ、同時に戦死者を可能な限り収容するように命じた。例え、それが身体の一部であっても、火葬し家族のもとへと届ける必要がある。彼等の終わりを遺族へ伝えることこそ、生存者の義務だった。少なくとも今井は、固くそう信じている。
戦闘後、今井は第八混成戦車中隊の集結地点に赴いた。三式中戦車チヌが4両、その先に見慣れない戦車が数両あった。合衆国で生産されたM4シャーマンだ。どうやら現地生産されたものを供与されたらしい。戦車中隊の指揮官は、浅黒く日本人離れした彫りの深い顔立ちだった。
「助かりました。感謝します」
襟章から自分よりも上級と知り、彼は口調を改めた。中隊長の本郷少佐は気にするようなそぶりは見せなかった。
「いいや、こちらこそ遅れてすまない。えらいものを引き当てたようだね」
「全くです。まさか、こんな近くに魔獣の大群が控えていたとは……」
「こう言っては何だが……お手柄だよ」
「ええ……」
数十名の喪失を手柄と称して良いのか、今井は疑問に思った。もちろん本郷に他意はないことはわかっている。今井の心情を察したのか、本郷は続けて彼に言った。
「君のおかげで、この区域は守られた。もし君らがいなかったら、あの魔獣どもは非戦闘地域にあふれ出していただろう」
本郷は懐から煙草を取り出すと今井に差し出した。合衆国の銘柄だった。幸運の名を冠した煙草だった。一本だけ受け取ろうとした今井に、本郷は箱ごと全て渡した。
「いいんですか?」
「僕は煙草を吸わないんだよ。ここに来る途中立ち寄った牧場で、気さくな親父さんからもらったのさ。息子さんと一緒に牧場へ向う途中らしく、中隊で護衛したんだ」
「へえ……」
ふと今井はあることを思い返した。
「その親父さん、かなりのすきっ歯じゃありませんでした?」
本郷は少し間をおいて、肯いた。
「ああ、そう言えば……知っているのかな?」
「まあ、ちょっと縁がありまして」
今井の表情に明らかに安堵が浮かび上がっていた。錯覚に近い感情だが、自分の行為が報われたように思えた。
「ならば、今度にでも会いに行くと良い」
「……ええ、可能ならばそうします」
今井は肯きつつも、その機会は無いように考えていた。彼の中隊は損害を出しすぎた。恐らく再編のため後方へ移送されるだろう。そして次の戦場が同じ場所とは限らない。北米中央部、その緩衝地帯は全般的に血に飢えていた。
※次回12/5投稿予定
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