南雲機動部隊(Nagumo task force) 8:終

『弾着! 今!』


 スピーカーを通して後部射撃指揮所の報告が聞こえる。スリット越しに徹甲弾に黒い月が抉られるのが見えた。周囲を覆うよう緑色の水柱が立つ。日本海軍は徹甲弾に徹甲弾内部に染料を仕込んでいた。弾着観測を容易にし、迅速に修正するためだった。もっとも今回は修正の必要はなさそうだった。初弾で命中弾を叩き込んでいる。あとはこのまま鋼鉄の雨を降らせていけば良い。


 ざまあみろと儀堂は思った。


 第一次攻撃隊の爆撃により、黒い月は高度を30メートル以下に下げていた。<比叡>にとって、水平と変わらぬ高さだった。その瞬間より、<比叡>は対空射撃から水上打撃戦へ移行した。


 <比叡>に続き、<霧島>が一斉射サルヴォを行う。こちらも月を囲うような水柱が立つ。夾叉射、着弾範囲に目標を捉えていた。


 <比叡>、<霧島>、両艦ともに神がかりな技量を発揮していた。わずか数時間の死闘で、兵員の集中力が最高潮に達した結果だった。彼らを支えているものは戦意だけではなく、ただただ海兵としての義務感、そして日本人特有の勤勉さ、最後に理不尽な状況に対する怒りだった。本当ならば、今頃は太平洋艦隊を撃滅し、凱歌を上げて帰投しているはずだったのだ。それがこの体たらくである。理由も知らせれぬまま一方的に嬲られて済まされる話では無かった。


 終わりは突然訪れた。黒い月は海面すれすれまで降下し、そこへ<比叡>の11斉射目が着弾したときだった。黒い月に紫入り色のひびが入り、そこから強烈な光が漏れた。そして次の瞬間、紫の光とともに破裂し、周辺数キロを黒い霧が覆い尽くした。


「撃ち方止め!」


 煙幕かと儀堂は思い、警戒した。しかし数分後、黒い粉塵が晴れた後に何も残されていなかった。やがて頭上を旋回する、第一次攻撃隊から報告が入った。


 周辺ニ敵影認メズ。バケモノハ四散セリ。


 艦内が沸き立つ。しかし儀堂は全く同調できなかった。


「……まさか」


 これで終わりかと思った。あまりにも呆気ない、手応えの感じぬ勝利だ。


――オレ達は何をした? この戦闘に何の意味が? ただ自分の身を守るため、黒い玉を撃ち落としただけだろうに。


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