南雲機動部隊(Nagumo task force) 7

 まもなく他の艦も同様に三式弾を使い切ったことがわかった。それぞれ徹甲弾を撃ち始めたからだ。徹甲弾は貫通力に優れているものの、命中精度は期待できなかった。事実、どれも空を切り、球体を通り過ぎた先の海域で水柱を形成している。ある程度、修正をかけることで命中率はあがるだろうが、果たしてどれほど時間がかかるか不明だった。


――畜生、こんなところで……!


 儀堂は血走った眼で黒い月を見た。司令塔のスリットから見えた月は紫色に輝き、再び光弾を放った。今度のは前よりも大きかった。


 これまで直撃を免れてきた<霧島>は、ここで運を使い切ったらしい。艦橋と煙突に一発ずつもらった。幸い光弾は艦橋を貫いて反対側へ突き抜けたようだが、煙突への一撃が致命的だった。排気が出来なくなったことで、<霧島>の機関部の温度が急上昇し、機関停止を余儀なくされたのだ。文字通り浮かべる城となった<霧島>に化け物が殺到し、自艦の防衛に忙殺される羽目に陥った。


 <比叡>も二番と四番砲塔に直撃を食らった。光弾は奇妙な軌道を描き、二番砲塔の砲身に当たり、爆発した。砲塔本体は無事だったものの、砲身は裂けて使い物にならなくなった。四番砲塔は砲塔基部に光弾を受けた。爆発は分厚い装甲で防げたが、甲板に歪みが生じ、砲塔旋回ができなくなった。この時点で、<比叡>の主砲戦力は半分に減じた。


 儀堂は司令塔内のスリット越しに折れ曲がった砲身を眺めていた。士官として年齢以上の能力を発揮した儀堂だが、やはり若かった。脳内分泌物アドレナリンの副作用で、これまで維持されていた戦意が急速に失われていくのがわかった。次々と上がってくる被害報告に対して、機械的に処置の命令を下すのが精一杯だった。


――ここまでか。本当に手ははないのか。


 スリット越しに黒い月を見上げる。怪しい輝きに吸い込まれそうになり、再び現実へ強制的に引き戻された。


 急に誰かがぐいと肩をつかみ儀堂を揺らした。何ごとかと振り向くと、通信士が震える手で一枚の紙切れを差し出してきた。


「少尉、来ました」

「来た? 何が?」


 いつもの間の抜けた声が思わずもれる。


「第一次攻撃隊です! 戻ってきたんです!」


 背後で爆発音が響いた。思わず振り向く。黒い月の上部が突如爆発し、真っ赤に燃えさかった。


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 淵田中佐率いる第一次攻撃隊が戻ってきたとき、その目に見えたのは無残に燃えさかる母艦と懸命に反撃を行う水上部隊だった。

 淵田は反射的に決断した。


「全機、トツレ!」


 淵田中佐の命令一下、第一次攻撃隊は突撃に移った。まず九七式艦上攻撃機が水平爆撃を行い、球体上部へ80番800キロ爆弾を投下した。九七式艦攻に続き、九九式艦上爆撃機が25番50キロ爆弾を投下していく。それらは本来、ハワイの太平洋艦隊へ見舞われるはずのものだった。しかし化け物どもが彼らの獲物を『横取り』したおかげで、使わずに済んでいた。


 第一次攻撃隊は戦意と復讐心に燃えていた。化け物どもは自分の獲物を奪った挙げ句、帰る場所まで奪おうとしている。許されざることだった。ハワイで振り上げた拳を、振り下ろすのは今だと感じていた。


 制空隊の零戦は<筑摩>や<霧島>に張りつこうとしているヒュドラやクラァケンへ機銃掃射を行い、九七式艦攻の一部は果敢にも雷撃を行おうとしていた。味方の艦に当たらぬようにするため、化け物の近くすれすれで魚雷を投下していく。それらの半数近くが命中し、水柱と共に肉片をまき散らした。第一次攻撃隊の猛攻で、周辺の海域は血染めとなった。


 化け物の断末魔が響き渡る中で、黒い球体が怪しく輝きを放ちはじめる。まるで弔っているかのようだった。爆撃を受けても、球体は元の原型を維持していた。そして戦意(?)も喪われていないようだった。球体はさらに輝きを増していき、それが臨界を迎えようとした刹那、鋼鉄の洗礼を受けた。

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