第13話 悲しみと憎しみ。
リュックもフランシスに油断していた。彼が動くとは思っていなかったが、体勢を崩しながらもオーロルを手放さなかった。キツく抱き留めていたせいだろうか。喉元に短剣があったことが災いした。
声を溢す代わりに流れ落ちる赤い色に、リュックは舌打ちと共に手を放した。力の抜けた体が音を立てて倒れ込む。流れる赤い色は絨毯に黒いシミを広げていく。
オーロルの崩れ倒れるさまを目にしたのはこれで二度目だ。
フランシスの自身を慰めるかのように、歪んだ泣きそうな顔がぼやけ、ダミアンのオーロルを呼ぶ声が遠くに聞こえる。
周囲が黒い焔に覆われていくようだ。
「あはっ、あはははははは!
ねぇ、私の憎い子、どう思う?
さすがフランシスでしょう。
あの人はなにをやっても駄目なの」
黒い女の影が楽しそうにリュカの周りを躍る。
黒い焔が戯れ言を聞かせまいとするかのようにリュカを包み込む。
――駄目だ。見るな。聞くな。――
目の前で起こった事に心が落ち着くわけもない。自身を包み込む黒い焔が煩わしい。
もう二度と、オーロルの赤い髪に触れる事が出来ない。
もう二度と、オーロルの声を聞くことが出来ない。
もう二度と、オーロルと笑い合う事が出来ない。
彼女がなにをしたのだろうか? どうしてこうなった?
渦巻く感情が憎しみへ傾いていく。
「私知っているのよ。貴方に『竜の肉』を喰らわせたのはリュックだって。
紛い物の竜『金色の竜』の封印を解くために貴方は使われたのよ」
――黙れ!――
黒い焔も警戒を強め、更に強く燃える。燃え上がり溢れた黒い焔は黒い焔の鬣を誇る獅子へと変わる。
「ああ、リュカ。貴方の内に眠るソレを思い出して?」
黒い女の影は周囲に花を散らすかのように雪粒を纏う。
「私たちの憎しみも一緒に解放して」
黒い女の影は白く解けていき、様々な人物、竜の姿に変化をしては、最後に周囲を冷やすような白狼へ姿を変えリュカの中に入っていく。
――駄目だ!――
リュカを包んでいた黒い焔を散らすように、金色の光が周囲を照らす。誰も彼もがその強い光に目を開けて居られない。
それだけで済むはずがなかった。
光が消えた後そこに居るものに、誰もが言葉を失う。
金色に輝く鱗を持つドラゴンはまさに『金色の竜』だ。カレンデュラの街に現れた時よりも小さいが、その神々しさ、禍々しさは間違いない。
先に言葉取り戻したのはリュックだった。望んでいたものがそこに居る。『金色の竜』さえ手に入れればこの世の覇者になれると。
「ああ、コレが……我が帝国の遺物。……美しい……」
リュックはゆっくりと『金色の竜』に近づいていく。一歩一歩踏み締め、これが夢ではないように、夢から覚めないようにと恍惚に瞳を輝かせている。
『金色の竜』は伸びをするかのように翼を広げ、首を伸ばす。
リュックのことは眼中にないといった様子で、倒れ動かないオーロルに視線を合わせた。
悲しげに彼女に頭を寄せる。ぱっくりと開いていたオーロルの首は元の傷のない綺麗なものへと変わった。その姿はまるで眠っているようだ。
側に近づくリュックを邪魔だというかのように凍りつかせ、砕く。それは肩の埃を払うかのように感慨もない。
動く事のないオーロルに寄り添うように『金色の竜』は彼女の側に踞った。
「リュ……リュカ?」
側で腰を抜かしていたフランシスが絞り出すように声を掛ける。彼がしたことはそれだけだ。
たったそれだけだというのに、『金色の竜』はリュックと同じようにフランシスをも凍りつかせ、砕いた。
そこに慈悲というものはない。
ダミアンも何も出来ずに黙って見ているだけだ。出来ることがあるならば教えて欲しいと固唾を呑む。
黒い焔が『金色の竜』を燃やすように広がるが、周囲を焦がすだけに留まる。『金色の竜』が再び金色に輝く。
強くなっていく光に、視界を遮られ、気が付けば金色の髪色に戻ったリュカがオーロルを膝に涙を溢していた。
彼の嗚咽と一緒に聞こえてくる言葉は怨嗟ばかりだ。不穏な様子のリュカにダミアンは近づこうと足を踏み出す。
それは死への一歩だった。
ダミアンは一瞬のうちに凍りつき砕けてしまった。
砕け散ったダミアンの姿にリュカは目を丸くする。
「は……ははっ……あははははっ」
乾いた笑いを壊れた薇人形のように響かせる。
「俺はこんな悲しい世界嫌いだ。全部壊してやる」
リュカを中心に金色の光が広がっていく。
金色の光はそこにあったものを呑み込んでいく。
無機物も。
有機物も関係ない。
光は全てを呑み込む。
金色に輝く混沌の時代は始まる。
金色に輝くの城を居城にドラゴンたちを従えたリュカの蹂躙に世界は対抗する手段を持たなかった。
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