第12話 王の子孫

 フランシスは久し振りにリュカと顔をあわせることに緊張し、ずっとそわそわとしていた。眠っている息子の姿を痛ましく思い、昔、『竜の肉』で苦しんでいたことを思い出しては胸が締め付けらるようだった。見舞いに行きたいと思っても、苦しんでいた幼子の姿を思い出してしまうために足が動かなかった。

 今だって、病み上がりのリュカを呼びつけるくらいだ。自らリュカの元に行くと思うと、胸が苦しくなる。それだけ幼いリュカの苦しむ様子はフランシスに衝撃を与えていた。

 誰に非難されようとも、フランシスはリュカの父であり国王だと自負がある。


「フランシス。どうしてお前が国王なんだ?」


 声を聞くまで、フランシスの私室の中にリュックが居るとは思いもしなかった。厳しい顔つきでフランシスを見るリュックの側には両手を拘束された見慣れない娘が怯えているのか、険しい目付きで周囲を警戒している。


「簒奪者の子孫風情が、どうして能力も無いのに、その地位にいる?」


 簒奪者と言われて浮かぶものはフランシスにはない。当然だ。彼は正当な血筋の上にいる。


「わからないのか? だから嫌なんだ。どうして自分よりも劣る男に仕えなくてはいけないのだ?」


 リュックは前髪を掻き上げる。きれいに纏められていた髪が崩れた。

 学生時代からの大切な友人だと思っていた男の変容に、フランシスは追いつけずにいる。彼が何について話そうとしているかわからない。

 簒奪者と蔑まれる理由も、彼から馬鹿にされる理由もわからない。


「この地は元々私の祖先が帝王として君臨していた。無能な王様でも知っているだろう。『英雄王』の物語を」


 どこから持ち出したのか、読み古さらされた絵本がフランシスの足元に放られる。

 小さな男の子ならば誰でも一度は憧れる英雄譚。このアンテリナム王国の成り立ちの物語。魔法使いが蔑まれる原因となった話だ。


「それに出てくる悪い王様が私の先祖だ」


 世界を破滅に追いやった魔法使いたちの王の子孫だという。


「悪いことをして断罪された。今のリュックと一緒じゃないか」

「ふざけるな! 私はこの手に国を取り戻そうとしただけだ。黙ってシャルルを、我が子を次に選べばよかったものを」


 吐き捨てられる言葉にフランシスは顔を顰める。それこそ簒奪者というものだ。

 リュックの裏切りをフランシスは違うと信じたかった。今だってなにかの間違いであると願っている。友人を失いたくなかった。

 だからフランシスは近衛を呼ぼうと、声を上げずにいた。罪人であるリュックの前で無防備でいた理由だ。


「シャルルに次を渡さないなら、私に王位を返してくれ」


 フランシスに近づくリュックの手の中に短剣を見つけたオーロルは、声を出すよりも先に体をぶつける。

 オーロルからの思わぬ体当たりに、リュックは短剣を落とす。


「王様! 逃げて下さい!」

「このっ……」


 オーロルが目の前で殴られる様子にフランシスは体を強張らせて動けなかった。今まで荒事を見たことがないせいだ。ドラゴンの脅威も、戦争というものも、全て遠い世界の出来事のように生きてきた。

 人が殴り合うことも、人がいたぶられることも他人事だった。目の前で起こっていることが信じられない。


 オーロルもただ殴られるだけじゃない。今この場からフランシスを逃す事を考えていた。不穏な様子のリュックに、黙って着いて来たことを後悔しているくらいだ。兵士の性分だと。国王を守らなくてはと。短剣を拾わせないようにと、両手を拘束されたままリュックの気を惹くように飛びかかる。

 武器になるようなものもなく、拘束されたままというのはさすがにキツいものがある。

 相手は初老に差し掛かろうかという年齢の男。戦いの心得のあるオーロルだ。そう簡単に負けるような事はない。だが、これといった決定打もない。

 フランシスさえ、この場から逃げられればそれでいいはずだが、肝心のフランシスが一向に動こうとしない。


「王様? 逃げないと」

「無理だろう。その男は目の前で起こっていることすら人ごとだ」


 代弁するリュックの言葉にフランシスは小さく首を横に振る。まさにその通りだと、肯定するわけにはいかないことは勿論だが、恐怖の方が勝っている。

 短剣を拾ったリュックにオーロルは気を引き締める。


「陛下! 何事ですか?」


 部屋の中の騒動に突入して来たのはダミアンだ。それから遅れるようにリュカが姿を見せる。


「……オーロル?」


 花が咲くように華やいでいた赤い髪が、罪人のように短くなった姿に、目を奪われる。この場に彼女がいると思わなかった。それ以上に、彼女の短い髪は気を動転させるだけのものがある。


「リュ……きゃっ!」


 リュカの登場に気を緩めたオーロルをリュックは押さえ込む。喉元に当てられた短剣に動きを封じられた。


「オーロルを、放せ」


 なにが楽しいのか、リュカの口元には笑みが浮かんでいる。ドラゴンに対峙したときと同じだ。


「ここで魔法を放ちますか? 彼女も巻き添えになりますけど」


 リュックの脅しの言葉に下唇を噛む。リュックの言う通りだ。今彼に向けて魔法を放てばオーロルも無事では済まない。


「ああ、そうだ。彼女のこの髪。こんな風にしたのはカロリーヌ王妃です」


 リュックは込み上げてくる笑いを押えられない。


「あの方は本当に小さな嫌がらせに精を出してましたね」


 嫌がらせで『竜の肉』を喰らわされたとしたら、たまったものじゃない。今ここでリュックが何故そんな話をするのかわからない。


「我が家の書庫にあった古い古文書に『金色の竜』を解放する方法が載っていた。その通りに試したら、ねえ? 時間が掛かりすぎ……うわっ!」


 やっと動いたフランシスはオーロルを助けようとリュックに覆い被さった。

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