第4話 不遇な思いをさせてきた者

 王城の地下に広がる霊廟ではフランシスが膝を折り、祈りを捧げていた。王の血を引いた者、王の子を産んだ女達は全てこの霊廟に祭られる。どんな身分であろうとも、平民も貴族も関係無く王に連なる者全てだ。

 初代国王であった英雄王を象徴した黒い獅子の彫像と聖竜の紋章、亡くなった者達の名を刻んだ慰霊碑があるだけの簡単な廟。王家の威信をかけた造りとはいえない簡素な作りだ。

 それでもこの場所は、地下でありながらも澄んだ空気と厳かな雰囲気に包まれている。澱みなどありえないくらいに神聖だ。


 ――紛い物の竜は全てを破壊する災いそのものだ。

   紛い物の竜は伝説の通りであると、決して封印されていると知られてはいけない。

   血の封印により、産まれてくる子はみな黒目黒髪であり、それ以外はあり得ない。

   このことは誰にも話してはいけない。

   王にのみ口伝で伝えていくのだ。――


 フランシスは国王となった日に父が話していた伝説を反芻していた。

 『紛い物の竜』が何かを考えることも、次の世代のことを考えることもなかったと、反省しても今更だ。

 我が子のことをなにも思っていないわけではない。心配はしている。

 『金色の竜』が現れたと聞き、封印が解けてしまったのかと、体を震わせもしたが、ドラゴンの脅威は今までとなにも変わらない。リュカが眠りついてから『金色の竜』が再び現れるようなこともなく、好き勝手に暴れるドラゴンへの対処はこれまで通りで今はなにも問題はなかった。


「マリーどうかリュカを守っておくれ。たった一人の子を守れぬ余に呆れているのだろううが、どうか頼む」


 リュカの生母は改名した『ニネット・ヴォールファート』ではなく本来の名である『マリー・ヴレットブラード』と刻まれていた。名を変えても変えなくても、フランシスにとって彼女は愛おしいと思うただ一人だけの恋人だ。

 ヴレットブラード男爵家は既になく、彼女の血縁者はいない。親より貰った名を残すことだけしかフランシスは彼女にしてやれることがなかったのだ。愛おしいと囀っても、フランシスの声は彼女には届かない。


「……余を怨んでいるのだろうな」


 マリーの名前を見つめるフランシスは、後悔を滲ませるているように見えた。


「あの時にマリーを信じられなかった余だ。子を残して逝ってしまった無念もあろう」


 その背中にシャルルはなんと声を掛けていいのか迷っていた。リュカが王城に戻ってから、いやその前、リュカが王城を出てからフランシスはシャルルに「父」と呼ばれる事に嫌悪を見せるようになっていたのだ。それはシャルルにとって辛いものだった。

 「父」と呼ぶか、「国王陛下」と声を掛けるか悩みながらも、霊廟であるここは私的な場だと、シャルルは意を決して「父」と声を掛けた。


「余はお前の父ではない」


 力強い声にシャルルは怯む。

 ハッキリと父ではないと、拒絶されたのは初めてだ。

 ゆったりとしたどこかのんびりとした雰囲気を纏うフランシスからは想像が出来ない声だった。

 父親に自分の子ではないと突き放されたシャルルは、今にも溢れてきそうな涙を堪え、逃げ出したい思いを押さえ込む。自分は国王フランシスの子だと、このアンテリナム王国の第二王子だと、皇太子なのだと叫びたい衝動を握りつぶし、震える声でシャルルは用件を伺う。


「皇太子のことで話しておくことがある」


 今までフランシスは皇太子について、後継者を誰にするのか先送りにしていた。臣下から誰を皇太子にするのかと問われても答えず、カロリーヌが皇太子はシャルルだと言えば、否定した。

 『傀儡の王』がなにを頑なになっているのだと、皇太子はシャルル以外にいないじゃないかと、陰口を囁かれてもフランシスは口を開かなかった。

 たった今父ではないと拒まれたのに、シャルルはついに皇太子として認めて貰えると歓喜に震える。これで正式に皇太子として権力を手にするのだ。嬉しくないわけがない。カロリーヌを通さなければ出来なかったことも、これからは自分の意思一つで成せるのだ。ついに自分は認められたと喜ぶのも無理はない。


「『獅子の栄冠』をリュカに渡した」


 だが、喜んだのも束の間だ。

 『獅子の栄冠』とは国王、もしくは皇太子のみが身に付ける事を許された指輪だ。それをリュカに渡したということは、兄王子が皇太子だということ。次の国王はリュカと決まったということだ。


「あ、兄上様は魔法使いですが……」

「王位継承権を持つ者はリュカしかいなかった」

「僕は? 僕だって」

「お前は余の子ではない!」


 耳を塞ぎたくなるような話に、シャルルはフランシスの話を信じたくなかった。

 シャルルが今まで信じてきたものが音を立てて崩れていく。

 目の前が真っ暗になるというのはコレだろうかと、立ち尽くす。目の前にいる父と呼んでいた男が涙で霞む。

 信じられないと叫ぶことは簡単だ。だが、母カロリーヌの事を思えば出来ない。今、シャルルが騒ぎ立てればリュカはすぐにでも殺されてしまうだろう。

 この国の実権を握っているのは母カロリーヌだ。国王フランシスの命よりも、王妃への愛を唄う者の方が多い。

 カロリーヌがリュカに敵意を、殺意を向ければ、すぐに第一王子は命を奪われるだろうことは容易に思いつく。

 あの優しい兄……王子に不遇な思いをさせてきた者の一人に、自分がいるのだという遣り切れなさは言葉に出来るようなものではない。

 カロリーヌのリュカへの執着がなにかを理解した。理解したくなかったと、自分さえいなければと、息苦しくなる。

 息が上がり、ふらつくシャルルをユーグが支える。一緒に話を聞いていたユーグも顔が真っ青だ。


「……父……陛下、僕の、その……」

「シャルルのことは全て次に任せる」


 フランシスはまた面倒事を先に延ばした。彼の周囲にいる者が優秀過ぎることがいけないのだろう。いつまで経っても彼は変わらない。シャルルの気持ちを、彼のこれからを考えれば今ここで道を示すべきだ。それをしない、出来ないからフランシスは『傀儡の王』なのだろう。


 フランシスの前から辞したシャルルは自室にどう戻ってきたのか覚えていなかった。ユーグの入れた茶を持つ手の震えはいっこうに収まらず、母への思慕は憎しみと哀れみに変わる。

 なにが正しいのかわからなかった。カロリーヌのことを信じれば、フランシスの話は一蹴すべきものだ。だが、自身の容姿がフランシスに何一つ似ていないことから信じるしかないとも、思う。


 母親の罪を子供に押しつけるフランシスに、ユーグは初めて恐ろしいと感じた。『傀儡の王』と呼ばれようとも、フランシスはこの国を統べる王としての残酷さを持ち合わせているのだと、実感した。

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