第19話 床に散らばった書類

 机に投げ出され、勢いのままに床に散らばった書類をルンドグレーン子爵は黙って拾う。

 ノックもなく勢いよく部屋に飛び込んで来たリュカは、挨拶もなく苛立ちをそのままルンドグレーン子爵にぶつけていた。

 ガウンを羽織る様子からまだ本調子ではないのだろう。


「倒れたと聞いていましたが、お元気そうで何よりです」

「……ああ、元気だよ。それより、これはどういうことだ?」


 リュカが机に勢いよく手を乗せるせいで、折角纏めた書類がずれる。リュカの荒い呼吸に、ここまで走ってくるとは病み上がりに忙しない人だと思う。


「どういうこと、とは?」

「惚けるな! どうしてオーロルが俺と一緒に最前線に行かなきゃいけない!」


 リュカが倒れたことで先延ばしにされていたドラゴンの集落掃討作戦について物申しに来たのかと、ルンドグレーン子爵は椅子の背もたれに体を預けた。


「どうもこうも、作戦書の通りですよ」

「魔法使いじゃないオーロルが前線でなにが出来るというんだ! 作戦から彼女を外せ」


 まだ、リュカが王城に居る頃見かけた事はあったが、ここまで感情を露わにするような人物ではなかったはずと思い返す。

 『氷笑の公子』とは誰が言い出したのかと意味も無く記憶を探した。


「前線へは彼女から志願されたのですよ。ドラゴン倒そうと必至な彼女を優しく労ってあげた方がいいんじゃないですか?」


 初めからルンドグレーン子爵に敵対心があったのだろうと、リュカの言葉を詰らせ、目を丸くしているありさまに笑いが溢れそうだ。

 カロリーヌの憂いを晴らすためならば例え、国王であるフランシスを殺しても厭わないと子爵は、いや、カロリーヌの支持者達は考えているのだ。彼女がそんな事を口にしたことなど一度もないのに。

 そのもっともはリュカだ。リュカを亡き者にし、カロリーヌに覚え目立ちたいと虎視眈々と狙っているが未だに成功者はいなかった。

 優秀な近侍に囲まれていることもあるが、リュカ自身が凄腕の魔法使いだということに他ならないだろう。

 この度のドラゴンの集落はルンドグレーン子爵にとってはこの上ないチャンスだった。自分の手を汚すこともなく、カロリーヌの憂いを晴らせるのだ。

 ドラゴンに殺されてしまったとなれば誰からも責められることはない。ダミアン達も仕方が無かったと、諦められるだろうと。


「彼女を作戦から外せ!」


 今のにも襲いかかってきそうなリュカにルンドグレーン子爵は鼻で笑う。

 オーロルのことなどどうでもいい。大事なのはリュカをこの作戦中に亡き者とすることだ。


「そう何度も作戦を変えていては現場の士気に関わります。リュカ様も人の上に立つ……ああ、失礼。あなたは魔法使いでしたね」


 ルンドグレーン子爵の小さな厭みはリュカには届かない。

 カロリーヌのいる王城という伏魔殿で、庇護のない王子だったリュカは口にすることも憚られるような厭みを何度も言われて育ってきたのだ。今更厭みくらいでは落ち込んだりしない。


「そうだ。俺は魔法使いだ。だから、ドラゴン討伐にオーロルは邪魔になる」

「リュカ様程の高名な魔法使いがなにを言いますか。そう邪険にせず部下と思って連れて行けば良いじゃないですか」


 リュカの足枷になるのならば、是非にでも一緒に連れだって欲しいと考えていた。平民の小娘が死んだところで誰も痛くも痒くないと、歯牙にも掛からない。


「お前は、危険だとわかって居る場所に平気で部下を送り込むのか?」


 平民など掃いて捨てる程いるのだから、いくらでも使い捨てに出来ると考える貴族は多い。それもカロリーヌを崇拝してる貴族達に多い。


「捨て駒……というものが盤上にはありますよね」


 リュカの怒りを表すかのように机が霜に被われていく。机に飾られていた花も凍り付きその花頭をコトリと落とした。


「そんなにあの娘が一緒では困りますか?」


 リュカは今にもルンドグレーン子爵に噛み付きそうな顔をしていた。そんなに大事なモノならば宝箱にでもしまっておけばいいのだと、凍った花を拾う。


「それならば、リュカ様が一人でドラゴンの集落掃討してきて下さい」


 無茶な提案にここにダミアンたちが居たら反対しただろう。だが、この部屋の中にリュカの味方をする人は誰もいない。


「それでオーロルが作戦から外れるんだな?」

「ええ、そうですね」


 作戦もなにもない。リュカが一人でドラゴンの集落掃討をするのだ。無謀と一言で終わるようなものではない。死ねと言われているに等しいのだ。

 それを甘んじて受けてしまうリュカもリュカだ。

 魔法の使い過ぎで倒れたばかりだということを忘れいるかのように二つ返事だ。

 御しやすさはさすがあの『傀儡の王』の子だとルンドグレーン子爵は腹の中で笑っていると、リュカが気が付くことはないだろう。

 リュカ一人でドラゴンの集落が掃討されればそれに越したことはない。たとえリュカが失敗しても、ルンドグレーン子爵は満足なのだ。

 リュカを死に追いやる口実となるからだ。


 ドラゴンを倒した。

 ドラゴンと相打ちで死んだ。

 ドラゴンに負けて死んだ。


 どれも望む結末である。リュカがこの大義をなし生き残ったとしても、それはそれでいいのだ。

 ルンドグレーン子爵はこのカレンデュラの街にはドラゴンの集落掃討の為に派遣されている。他に命令なのど受けてはいないはずだ。

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