第18話 意識を取り戻した
意識を取り戻したリュカが最初に目にしたのはオーロルの赤い髪だった。
リュカの話を聞いたオーロルはマリユスたちと一緒にずっとリュカの看病をしていた。看病といっても、ただ寝ているリュカの顔を見ているしかやることはなかったが、それでもオーロルがいたことでマリユス達も休むことが出来たのだ。オーロルが居て助かっていた。
「殿下。あれ程他属性は使うなと申したじゃないですか」
少しでも話が聞けるようになったリュカにマリユスは待ってましたとばかりに小言を言う。
こんな時くらい休ませてあげればいいのにと周囲が思っているのと同じように、こんな時くらいしかリュカは話を聞かないと思っているのだ。
リュカ本人としてはどんな時でも小言は遠慮したいものだろうに。
「どうしてオーロルがいるんだ? いつもは……」
いつだったか、リュカは魔法の暴走で人に害をなしてしまった事があった。国王の代理と見舞いに来ていた男を死なせかけてしまったのだ。
それ以来魔法のせいで倒れた時はなるべく人を近づけないようにしていたはずだ。
部屋を追い出されるのかとオーロルは視線を外す。リュカにしてみれば危険な場所にオーロルをおいていた近侍達を責めているのだ。オーロルに害を、関係のない人に害をなしたくないだけだ。
「オーロルさんが居てくれて助かりました。勿論危険がないようにと講じてましたよ」
マリユスは害の無さそうな笑みを浮かべ、リュカの耳に護符飾りを付ける。魔法を使うなと言っても聞かないリュカには、負担を抑える為の護符を幾ら付けても足りない。
寝起きにジャラジャラとアクセサリーを身に付けさせられている姿は滑稽だ。何も知らなければ下手なお洒落は全快してからにしろと、剥がしたくなる。
倒れていた間の懸念の一つにドラゴンがあった。ジルが椅子の上で気持ちよさそうに寝ている姿に、全部退治したのだと思ってはいる。それでも逃してしまったドラゴンもいたと、覚えているのだ。気にならない訳がない。
「残りの……ドラゴンは王都の者達が倒したと吹聴してますよ」
忌々しいと吐き捨てるように返事を返す。自分達の手柄だといった態度がマリユスは気にくわない。
リュカの独断専行がなければもっと早く退治出来たとのたまう者までいるのだ。
マリユスだけでなくとも、カレンデュラの騎兵団は彼らに苦々しい想いを抱いている。
「そうか……なら、いい」
オーロルが開けたカーテンの向こうから明るい日差し入ってくる。眩しいくらいに感じるそれは心地良い。
意識のない間リュカはずっと暗闇の中で、呪詛のような聞き取れない言葉を聞かされて過ごしている感覚だった。起き抜けにこんなに気分がいいのは初めてかもしれない。
目が覚めたときにオーロルが側にいたことで気持ちが弾んでいるのだろう。すぐに無事であったと知れたのだ。心が軽くなって当然だ。
「まだどこか調子悪い?」
ぼーとしていたのかオーロルが気遣わしげにリュカの顔を覗き込んでいた。顔をが近いことに驚き、胸が高鳴るが、やましい事はなにも無いのだと気持ちを静める。
「大丈夫だ。オーロルはどうなんだ?」
マリユスが幾ら安全対策をしていたといっても、どうにもならないこともある。魔法使いじゃないダミアンには、なるべく近づくなと命じてあったはずだ。
「わたし? リュ、王子が心配で寝不足かな」
はにかむ姿が可愛いと胸が鳴る。なにを思っているんだとオーロルから目を背け、彼女の言葉に違和感を覚えた。
彼女はリュカを「王子」と呼んだことはあっただろうかと思い返す。いつだって彼女は「リュカ」と呼んでいたはずだ。呼び名が変わったということは知られてしまったのだろう。
いずれ知られる事とわかってはいたが、知られたくなかった。オーロルに「リュカ」と呼ばれないことが寂しいと胸が痛む。
自分の生立ちが人に疎まれてあるものだと、人から気味悪がられる存在と避けらるようになってしまうのかと……手元に視線を落とせば、青い石をくり抜いた二つの指輪が目に入った。
また凝った意匠の護符を用意したものだと呆れる。
リュカの魔法の負担に耐えきれず、すぐに壊れてしまうのだから手をかけたものは勿体ないと思っていた。
その指輪の青い色に、青い石の首飾りの話をオーロルがしていたと思い出す。オーロルに悪いことをしたと、未だにあの時のことを謝れていない。なんと口にしていいのかわからないのもあるが、今さらという気持ちもある。
「オーロル、これを」
その内一つの指輪をオーロルの指に通す。
少しでもオーロルを危険から遠ざけたい。青い石の首飾りの代わりにはならないし、謝罪の言葉も見つからない。こんなもので気持ちが伝わらないと思う。
それでも、リュカの魔法が暴走した時に少しでもオーロルに害がないようにと渡した。魔法の負担軽減の護符だが、元々は身代わりの護符だ。
他意のない行動にマリユスは目を丸くする。
オーロルは指輪を渡された事への想いがなにか計り知れず、じっと指輪を見つつめる。
「出来れば、今まで通りリュカと呼んで欲しい……」
カレンデュラの騎兵団がリュカを王子と親しみを込めて呼ぶのとは違い、オーロルに王子と呼ばれる事に距離を感じるのだ。
「殿下それは……僕らは席を外した方がよろしいでしょうか?」
マリユスの指摘になにを言っているのだろうかと首を傾げ、リュカは顔を赤くする。
「な! なにを言って……そんなつもりじゃ、いや、あの……えっと」
狼狽える様子のリュカにオーロルはなんと返事を返すべきかと悩まなくてもいいのだと、少し寂しく思いながら俯いていた顔を上げる。
「リュカ。ありがとう」
ありがとうは感謝の言葉だと、笑顔を向ける。
リュカには助けられてばかりだ。今渡されたこの青い指輪がなにかはわからない。それでも、彼がオーロルを想ってくれたものだということくらいわかる。
オーロルがリュカに出来ることはなんだろうかと考えるが、すぐには浮かばない。それでもなにかあるはずだ。
リュカに側を離れろと言われてしまったらと不安になる。今はこうして側に居させてもらえるが、オーロルがリュカの負担になれば話は変わってくるのだ。ただ側に居たいと、感情に従っているだけではダメだと思い正す。
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