第17話 感情のまま側にいたい
感情のままリュカの側にいたいと願うことはいけないことなのだろうかと、部屋を追い出されたオーロルはとぼとぼと歩いていた。
何処かへ向かうあてもなく、ただ足の赴くままだ。
――日に日に魔法の負担は大きくなっている――
――出来る事ならもう魔法を使わないで欲しい――
マリユスの話はもう、リュカは長く生きられないという事だと、オーロルの胸を抉るような話だった。
そんな事無いと思い込めるほど、魔法使いの事を知らないし、リュカの事も知らない。
何も知らないで彼の側にと、思うことは我儘かもしれないとリュカの笑顔が思い出される。
なにを悩んでいるのだと鼓舞するように顔を上げれば、目の前に仰々しい格好をしたルンドグレーン子爵が立っていた。
今にもぶつかりそうな距離にいる事にオーロルは慌てて頭をさげ、道を譲る。
なにを思ってかオーロルの赤い髪にルンドグレーン子爵は手を伸ばす。
突然のことにオーロルは固まってしまう。女性の髪を勝手に触るなど、失礼であり、変質者と悲鳴を上げられてもおかしくない。
だが、その相手が貴族ならば平民のオーロルが何も言えずに固まってしまうのも無理はない。
下手に騒ぎ立てればオーロルの立場が悪くなるのだ。黙ってやり過ごすことが一番いい。
「この赤い髪は……あなたがリュカ様の思い人なのですね?」
目を細めるルンドグレーン子爵はオーロルの長い髪を口元へ運ぶ。
子爵の言うとおりオーロルがリュカの思い人であればこの行動は問題となってもおかしくはない。彼が王子として機能していればだ。また、カロリーヌの心棒者たちはリュカを王子ではなく、卑しい魔法使いとして扱っている。問題になりようがないことだ。
初めて会う、通りすがりの男にそんな事をされれば気持ちが悪いものだ。それだけでも分かって欲しいと、強く自身の髪を引っ張り、子爵の手から逃れる。
気の強うそうな様子にルンドグレーン子爵は笑い出す。
子爵の周りに侍る者が一緒に笑う。彼らはオーロルに興味があるわけでなく、リュカを笑い者にしたいだけなのだ。
それがカロリーヌの望みだとでも思っているかのように、リュカは役に立たない魔法使いだと、貶める。
「街に出たドラゴンを倒す事もなく、自分が先に倒れるとか……」
「今もまだ夢の中で、大変な事から逃れて羨ましい」
リュカが倒れるまで魔法を使ったからこそ、事態は早く収束した。そのせいでリュカは今だ目を覚まさず、苦しんでいる。
それを目の当たりにしたオーロルは目の前でリュカを侮蔑されることに怒りが沸く。リュカが馬鹿にされる理由はないはずなのだ。
相手は貴族だと、王都から来た偉い人だと押えても我慢にも限界がある。
「リュカ様がいたからドラゴンを早く退治できたこと忘れてはいけません」
リュカを庇うようなルンドグレーン子爵の言葉に毒気が抜かれる。彼からそんな言葉が出てくるとは思わなかった。
「あの方がいなくてはドラゴンの集落掃討作戦が成り立ちませんし、危険は全てリュカ様に引き受けて貰わなくては」
結局はそれなのかと、オーロルは肩を落とす。怒りに任せて相手を殴ろうと高ぶっていた感情はそこで止まる。手を上げたって彼らにはなにも響かないだろう。
「……あの作戦を考えたのは」
「なによりも強いリュカ様がいるのですから当然の作戦です」
たった今、マリユスからリュカはもう魔法を使わない方がいいと聞かされたばかりだ。当然などと思えない。
「あの、その作戦どうにかなりませんか?」
オーロルの急な申し立てにルンドグレーン子爵は眉を寄せた。
「あれじゃあ、リュカ、王子の負担は相当なものです! 今回倒れたことだって魔法の使い過ぎで、作戦を見直して……」
「何様のつもりだ?」
「ふざけるな!」
周りにいる者達が騒ぐ中、ルンドグレーン子爵はじっとオーロルを見る。
「あなたはリュカ様の側にいて怖くはないのですか?」
ルンドグレーン子爵の質問の意味がわからないままオーロルは怖くないと返事を返す。
リュカが凄い魔法使いだと言うことはわかった。リュカがやんごとない方だと知った。だからといって怖いなどと思うわけがない。
「作戦の見直しはしない。リュカ様には存分に暴れて貰う」
なに一つリュカにしてやれない。苦しむ彼に、僅かでもリュカの為になにかしたいと声を上げたというのにと。
「ならばせめて、わたしを前線に、リュカの側に置いて下さい!」
諦めてなるものかとオーロルは縋り付く。少しでもリュカが魔法を使わないで済む方法を考えなくてはと、側に居れば負担を軽減する方法があるかもしれないと考える。
魔法使いでなく、騎士でもないただの兵士に出来る事はないに等しい。
剣一つでドラゴンに立ち向かった時だって結局は何も出来なかった。リュカに助けて貰い怒られた。
また、リュカが怒るかもしれない無謀な事をしていると思うが、リュカを一人でドラゴンの集落になど行かせられない。
それはリュカに、死ねと言っているようなものだ。
ルンドグレーン子爵の思惑もソレかと、睨み付けるように彼の顔を見る。
「……まあ、そのくらいならいいでしょう。リュカ様によろしくお伝え下さい」
話などなにも無いといった様子で子爵はオーロルから離れていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます