第16話 感情を切り捨てかのように
「部屋を出て行ってはもらえないか?」
感情を切り捨てかのように低い声で問い掛けるダミアンに圧倒され、お前は要らないと言われているかのようだと勝手に傷つく。
相手は騎兵団長だ。素直に言うことを聞くべき相手だと頭では分かっているが、体が動かない。
少しでも、もう少しでいいからリュカの側に居たいのだ。理屈をこねる前に側に居たいと思った。
「リュカは、どうして倒れたんですか?」
倒れたリュカへの手当が慣れているように見え、またその準備がしてあったように手際がいい。
「オーロルさん、それを聞けば貴女はもう……」
「リュカはわたしを助けてくれた人だから。少しでも力になりたいんです!」
話をすることは簡単だが、その後のことは別だ。
リュカとオーロルの噂が王都の騎士たちにまで回ってしまっている事に彼らは危機感があった。
だが、オーロルがリュカの事を何も知らないままでいればただの噂と聞き流してくれるかもしれないとも思うのだ。
だけどあのカロリーヌの事だ。噂があるというだけで、と考えないこともない。彼の、リュカの事を話してもいいのだろうかと悩ましい。
「クレール、茶を頼む」
言われたままにクレールは茶の用意に部屋を出る。
少しでもこの話を知る者は減らしたい。ダミアンは昔、マリユスにすらリュカの生立ちを隠そうとしていた事を思い出す。
リュカが使う魔法の数と、名のある魔法使いの一族であるマリユス相手にそれは無駄なあがきに過ぎなかった。貴族の子息相手に無駄なあがきだったと、今は笑い話だ。
リュカが心ならずも気に留めている娘相手に、話していいものか定まらない。話をするならばリュカから話したいだろうに、いや、リュカを差し置いて話すべき事ではないのだ。
クレールが出ていった扉の前に立つマリユスだって険しい顔をしている。
「ジルが」
オーロルは真っ直ぐと迷い無くダミアンへ視線を向ける。
「リュカは無理矢理魔法使いにされたって言っていたけど、関係あるんですか?」
あの魔法使いは余計な事を吹き込んでくれたと、ジルのにやけた顔が浮かぶ。
無理矢理魔法使いにされた。表現は間違っていない。だが、それは命を狙われた末の副産物に過ぎない。
カロリーヌの毒牙はどこまで迫ってくるものかわからない。
ジルも周囲を気にせず、そんな事を話していれば危ないと分かっているのだろうかと心配だ。
「ダミアン。話すしかないでしょう。僕たちでオーロルを守ればいいだけです」
「しかし……」
それは言うほど簡単な事ではないのだ。それをいやというほど実感しているからこそ、ダミアンは悩んでいるのだ。
端から見れば王妃カロリーヌは聖母のように見える。リュカを疎ましく思っているなど嘘のようにさえ思える程にだ。
「殿下は、カロリーヌ王妃に命を狙われている」
マリユスは端的に話し出す。
「マリユス!」
「殿下が何をしたっていうんですか? 全てはあの方が……」
「あの! カロリーヌ王妃様って……?」
余りにも唐突に出てきた単語にオーロルは意味がわからない。
リュカが王子、殿下と呼ばれている事は知っている。どうしてそこに王妃の名前が出てくるのだろうか、彼女は雲の上の存在だ。一兵士が、一般人が簡単に出会えるような人物ではない。
二人はオーロルがリュカをこの国の王子だとわかっている前提でいた。当然だ。カレンデュラの騎兵団は当たり前のように知っている。街にだって彼が王子だと知っている人はいるのではないだろうか。
「リュカが、アンテリナム王国の第一王子だということは分かっているんだよな……?」
キョトンと首を横に振るオーロルに、早まったなとダミアンはマリユスに視線を向ける。
誰もがリュカを「王子」と呼んでいたというのに、気が付かなかったと誰が思うだろうか。
このカレンデュラの騎兵団に着任して日が浅いといえ、話の脈絡の中にリュカが王子だと思うような話だってあったのではないかと、誰かが教えてくれなくてもわかるだろうと呆れてしまう。
「リュカは国王と愛人の間に産まれた王子なんだよ。それを王妃は疎んでリュカを殺そうと竜の肉を喰らわせた」
忘れられない過去の話だ。そのせいでリュカは今も苦しんでいる。自分のせいでと責める姿をずっと見てきたのだ。
継母に疎まれる幼い王子の近侍になることになんの不安があっただろうか。
表情を無くしていく王子を助けたいと思ったからこそ、ずっと側に仕えているのだ。
マリユスと出会うまで、どうやってリュカを守っていけばいいのか皆目見当がつかなかった。いつ殺されてもおかしくなかった。そうでなければ何種類も竜の肉を喰わされることなんてなかっただろう。
「わたし、王子だなんて知らないで……大層なあだ名で呼ばれているとしか……」
それでリュカに対して構えることのない態度だったのかと納得する。
「それに、王妃様はとてもお優しい方と聞いていますけど?」
「優しい人は竜の肉を幼子に喰わせたりはしませんよ。ただでさえ、魔法使いは寿命が短いというのに、幼い内に魔法使いになった殿下の寿命はどうなっているのか」
オーロルの顔が陰る。だが、これだけでリュカの話が終わる訳ではなかった。
「魔法使いは普通、一種だけ魔法が使えます。僕が炎だったり、ジルが稲妻のように。だけど、殿下は全ての竜の肉を喰ったため、全ての魔法が使えます。そのせいで体に負担が大きく、護符を身に付けさせているんです」
竜の肉の苦しみを幼いながら耐え抜いたリュカには賞讃しかないが、全ての竜の肉を喰らい生き残ったせいで、他の魔法使いからも気味悪がられていた。
そのリュカをマリユスは気味悪がるどころか、好奇心のままに魔法を教えてきた。それが今では大事な主人へと変わっている。
「魔法の使い過ぎで倒れてしまうことは稀にあるんです。だから相性のいい氷だけにしてもらっていたのに……」
リュカが様々な魔法を使う姿を思い出す。そのおかげでオーロルは助かっていた。だが、リュカが無茶をしたとなれば話は違う。嬉しくなんてない。
苦しげに息をするリュカに目を向けた。
金の髪は汗で額に張り付き、時折眉間に皺を寄せる。
助けてもらってばかりいると、オーロルは自分になにか出来ないかと考える。
今看病しただけでは恩返しにもならなそうだと、二人の話に思うのだ。
「今の話を聞いて、リュカに想うものが無いのならば去りなさい」
ダミアンの低い声はオーロルの想いを穿つかのように重かった。
オーロルにしてみればリュカの側を離れるといった事は考えていない。
だが、二人は違う。好奇心だけで話を聞いたのであれば今すぐにでココを離れて欲しかった。
カロリーヌから逃れるには国を離れることも検討されることなのだ。
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