第10話 嫌なことは続く

 嫌なことは続くものだ。仕事に集中しようとするオーロルの耳に入ってくる会話はリュカを貶めるようなものだった。


「あのリュカ様がココには居るんだろう?」

「ああ、あの気色悪い魔法使い様か」


 話している相手は王都からの騎兵団だ。カレンデュラの騎兵団ではまず耳にすることはない。個人を、リュカを侮蔑するような噂はこの街には無かった。

 魔法使いを差別するような噂なら当たり前のようにそこら辺にある。どこにでもある悪口だ。今さらだと、魔法使いたちは誰も取り合うことのない戯れ言となっている。


 だけど、彼らが話す内容は明らかにリュカだ。

 リュカを貶めるような会話に苛立ちが増す。さっきまでオーロルの心をかき乱していた相手がリュカだったにも関わらず、彼を悪く言われることにむしゃくしゃする。

 ダミアンがリュカを気に掛けて欲しいというのは、この王都からの騎兵団のせいだろうかと浮かび、すぐに消える。

 リュカの噂話が耳に入ることはよくあることだ。

 だが、嫌な気分にさせられるような話は今までなかった。どちらかといえば、賞讃するような話ばかりで、侮辱するような話は聞こえてこなかった。

 中には彼の魔法で街が一つ消えたなんて荒唐無稽なものもあったが、それだけリュカは凄いのだと、言いたいのだろうと笑えるものだ。

 オーロルとリュカの仲を邪推する噂だけは早く消えて欲しいと思う。好んで噂の矢面に立とうとする者は殆どいないだろう。この噂にオーロルは振り回されているのだ。

 魔法使いを蔑視するよな話の中に、今までリュカの名を聞いた事がないが、今は違う。王都の騎兵団は明らかにリュカを名指しで小馬鹿にしていた。

 あまりの事に抗議に出ようとするオーロルの腕を引く者がいる。


「ダメですよ」


 困ったように微笑むマリユスだ。


「殿下の事に口出ししては貴女の身が危険です」

「でも、あんな事言われて……」


 食い下がるオーロルにマリユスは首を横に振るばかりだ。

 ダミアン以上にリュカを特別扱いしている彼がなにも言わないことに、黙って言わせっぱなしにしていることが不思議だ。魔法使いだから悪口に諦めているのだろうか。リュカへの悪評へは、いの一番に向かっていきそうだとオーロルは感じたのにだ。


「騎士になりたいのでしょう? それなら我慢しなくていけませんね。僕たちは魔法使いですから仕方がありません」


 魔法使いが嫌われていることは当然知っている。だけど、それは騎兵団の外での話だ。共にドラゴンに立ち向かう相手を悪く言うなど、オーロルには考えられない。

 どんなに聖竜を崇めていようと、兵士になった時点でその感情は捨てるべきものだ。お互いに命を預ける相手を貶めて信頼出来るわけがないと思うのだ。

 ましてやオーロルは騎士を目指している。魔法使いだと蔑む気持ちは薄かったのに、ドラゴンを退治する仲間と思わなくてはやっていけないと、父に諭されたことがある。


 魔法使いだから仕方がないと、マリユスは言うが、騎士たちはリュカと名指しだった。魔法使いの話ではなかった。

 オーロルだって魔法使いを庇っても、鼻で笑われるだけだと知っている。だから、騎兵団は外で魔法使いについてなにかを言ったりはしない。こっそりとひっそりと魔法使いだって色々だと言うくらいだ。


「殿下は有名な魔法使いです。彼らが知っていたのは殿下だけだったのでしょう」


 マリユスの困り顔に、納得しなくてはいけないと引き下がる。魔法使いへの侮蔑は今に始まったこではないのだから仕方がないのだ。これ以上はオーロルの駄々っ子になってしまいそうだ。

 困り顔の中で悲しげに睫を伏せるマリユスは何度もこんな目にあってきたのだろうと思う。

 だけど、だけどだ。納得いかないとオーロルは王都からの騎兵団を睨み付ける。

 彼女の表情がなにを意味しているかなんて彼らにわかるはずもない。小娘になぜか睨まれたと首を傾げるくらいのものだ。

 悔しくはないのかと問い詰めようにも、マリユスは困った顔で微笑むばかりでなにも言わない。彼の立場を知らないからこそのオーロルの行動だ。

 少しでも知っていれば違った行動になるだろう。それが彼のように押さえが利かないものでないことをマリユスは願うばかりだ。

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