第9話 小さく呟くように
「オーロル……」
小さく呟くように聞こえた声に顔を向ければ、表情のないリュカがオーロルを凝視するように佇んでいた。
初めて見るそれに目を疑う。表情はなく、氷のように凍てついた瞳に見えない壁が阻むようだ。いつもと違うリュカに何事かと訝しむ。
「魔法使いは討伐部隊って聞いたけど……なに? 怖いの?」
「違うっ! 俺を誰だと思って…………」
黙り込むリュカをじっとオーロルは待つ。
リュカでも威勢を張るほど集落掃討は緊張するのかと意外に思い、表情を変え瞳に暖かみが戻り見えない壁が消えたことにほっとする。
オーロルの配置は後方支援だ。前線に立つリュカとは任務の重さが違う。計り知れないものがあるのだろう。ドラゴンに対峙してオーロルもドラゴンの恐怖をよく知り、魔法使いの心強さを知った。誰だって前線で戦うのは怖いだろう。
「……街でね、リュカの瞳によく似た色をしている青い石の首飾りがあったの」
黙ったままのリュカは儚げだ。その儚さはオーロルの心をざわつかせる。任務と無関係の話でリュカの気が紛れればと思い話し出す。
父が仕事で気むずかしくなっているときによく、たわいのない話をして紛らわせていたと思い出す。世間話が気晴らしになることだってあるのだ。
「俺の目の色?」
首を傾げるリュカにオーロルはそれがどんなものだったのか細かく話す。色に形、どこで見かけたのか、ソレを見つけてなにを感じ、なにを思ったのか。
リュカに興味があるかどうかは関係無い。
切っ掛けはリュカを励ますつもりだった。それが今は、話を聞いてくれるリュカに話がしたいへと変わっていた。リュカの小さな相づちに、耳を傾けてくれる姿に、話している事が楽しい。
「それ、欲しいのか?」
「えっ? そういう訳じゃなくて……」
リュカの突然の言葉にオーロルは慌ててる。欲しいと思うには高価なもので、オーロルには手が届かない。どんな人が身に付けるのだろうかと、どんな思いを持って手に入れるのだろうかと想像するしかないものだ。欲しいよりも、憧れの品だ。
「なんだよ? 欲しいなら欲しいって言えよ」
乱暴な物言いに言葉が詰る。そういうつもりで話した訳ではなく、ただ世間話をしたに過ぎない。
どうしてオーロルがそれを欲しいと思ったのだろう? リュカにねだるような話し方をしてしまったのだろうかと心苦しい。
「俺だったら多少値が張ろうが、簡単に手に入れられるからな」
再び氷のように冷たくなる瞳にオーロルは背筋を凍らせる。リュカを不機嫌にさせるような事を言っただろうかと振り返るも浮かばない。だってただの世間話だ。
向けらるリュカの苛立ちにオーロルまでつられて機嫌が悪くなっていく。
リュカの事情をオーロルはなにも知らない。知らないなりに気を遣ったというのに、不機嫌に当たられてはなにもしてやれない。
「欲しいなんて言っていない。ただ素敵だったってだけの話だよ」
「お前もオレが……」
「リュカ!」
ダミアンの声にリュカは言葉を止める。
リュカの目に涙が溜まっている事に気が付いたオーロルは静かに声を掛けるが、リュカは逃げるように走り去っていく。
初めて見るリュカの様子にオーロルは見えなくなっていくその背中から目を離せなかった。苛立ちのままに人に当たり散らし、泣くなんて子供のようだと心がざわつく。
なにが『氷笑の公子』だ。ただのイヤな奴じゃないかと気持ちが荒む。
騎士団長のダミアンがなぜリュカの代わりに謝るのだろうかと疑問が沸く。
一介の魔法使いであるリュカにここの騎兵団は依怙贔屓が過ぎるのではないかと感じ、「貴重な魔法使いだから」というにはこの街にリュカの他にも魔法使いはいるのだからそれが理由ではないだろう。
「今しばらくリュカを気に掛けてやってはくれないか?」
騎士団長からしてリュカを特別扱いだ。それでよく組織が纏まるものだと思う。
「……それは命令ですか?」
リュカへの苛立ちをそのままダミアンへ返してしまったことに、はっとする。意に返す様子のないダミアンに申し訳なさが立つ。
「いや、お願いだ。コレばかりはオーロルにしか頼めそうにないからな」
自嘲気味に笑うダミアンはどこか父親じみていた。故郷に残した父がオーロルがお転婆をするときに浮かべる表情によく似ている。
「それと出来れば、いや……」
ダミアンが何を言いたいのかその先を待つが、なにも言わず呼ばれた先へ向かってしまった。
彼の言葉の先を知りたかったと思っても、語られなければなにもわからない。リュカのなにに気を止めればいのだろう。
オーロルはリュカの事、この騎兵団の事、魔法使いの事をなにも知らないから、肝心な事を聞かせてもらえないのだろうと俯く。
ダミアンが話そうとしたことはリュカの想いだ。勝手に他人が語るものではないと自重しただけだが、オーロルにはそんなことはわからない。
自分はこの騎兵団では新参者の新人だと、まだなにも知らない他人なのだと、ふて腐れるしかない。
荒れる気持ちが嫌な方向に沈んで行くと、自身の頬を叩き気を引き締め残していた仕事へ戻った。
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