第8話 『古代竜』がいると不確かな噂
カレンデュラ街では東にあるトートリリー山に『古代竜』がいると不確かな噂が流れていた。
度々襲ってくるドラゴンよりも強力な力を持つドラゴンだ。それが本当ならばただ事では済まない。騎兵団の慌ただしい様子に街の人々は不安を募らせるばかりだ。
また、困ったことにそれが正しい情報だと思わせる行動する街の有力者もいる。
街の混乱している様子に、ドラゴンの集落掃討へ兵を裂くよりも街の治安へ重きが置かれていた。
魔法使いであるリュカは当然討伐部隊の前衛だ。後衛にいう話もあったがそれはリュカが許さなかった。
ダミアンの心配を他所にリュカは作戦書に目を落とす。
今まで作戦書を用意しても流し見するだけで、じっくりと眺めている姿など見た事がなかった。
これはあの噂のせいかと、邪推する。
「……新任の彼女なら後衛だ。ドラゴンに立ち向かう勇気は素晴らしいが、無茶は困るからな」
ダミアンの訳知り顔にリュカは眉をひそめる。
「……誰のことを言っている?」
作戦書を食い入るように見るリュカの様子にダミアンは心なしか安心を覚える。リュカが幼い頃から知っているため、ここ最近表情を豊かに過ごして居ることが嬉しいのだ。
命を狙われた末に魔法使いとなり、ドラゴン退治の日々を過ごす事となった憐れなこの王子の側に仕えるようになってから初めて感じるものだ。
このまま穏やかな日々であって欲しいと願う。
「王都から騎士が来ればこの作戦内容も変わると思うが……無茶だけはするな」
リュカは作戦書から目を離し
「このカレンデュラを守ることが優先だろ?」
騎士であればそれは当然のことなのだが、ダミアンにしてみればこの街を守る以上にリュカの方が大事だ。
危険な目に遭わせてしまったといくら後悔したことだろうか。
ダミアンも若かったのだと、言い訳も出来ない程、リュカを死線に彷徨わせてしまったと思っているのだ。
カロリーヌの居る王城を出てからだって幾度も……自責の念を重ねたところでリュカはダミアンを責める事はない。
ダミアンの後悔と同じくらいにリュカは感謝しているのだ。
だが、それは身に余ることだと、余計にダミアンにのし掛かっているが、リュカはそれを知らない。
「リュカ、私は……」
「大丈夫だ。ドラゴン討伐よりも追い払う事を重視すればいいんだろう」
自信たっぷりに答えるリュカに、心配が尽きることはなさそうだと溜息を溢す。
リュカのドラゴン討伐に対する信頼は厚い。魔法が使えなくてもリュカならばドラゴンを倒してしまうのではないかと思うえるほどだ。
それよりも心配なのは王都からの、カロリーヌの動向だ。どんな刺客が送り込まれてくるのかわからない。今までリュカを狙う刺客は様々だった。庭師の見習い小僧に、夜会に招かれていた令嬢、リュカの茶飲み仲間だった老人。
皆リュカが魔法使いだと、気味の悪い不吉な王子だからと悪意を向け、聖女慈母のような王妃のためと、敬愛してやまない国王のためだと刃をむけるのだ。
全ては犯人の自発的な行動として処断され、その背後になにがあるかまでは調べられることはなかった。
「失礼します。王都より騎士団が到着いたしました」
予想よりも早い到着にダミアンは舌打ちをする。
部屋へ招き入れる前に入ってくるのは王都より派遣されてきた騎士長のエルネスト・ルンドグレーン子爵だ。カレンデュラでは式典の時しか目にすることのなさそうな仰々しい装いが目に付く。
「リュカ様、お久し振りに御座います」
この国で王子であるリュカに様とだけ付ける事は不敬にあたり通常、王子又は殿下とするはずだ。
だがその一方で、魔法使いに様を付ける事は過剰だとされていた。
王子と魔法使いの間を取って様付けなのだと、いつだったかダミアンが殴った貴族が言っていた。
リュカの代わりに挨拶を返そうとするダミアンを制し、ルンドグレーン子爵は作戦書を机に放る。
カレンデュラの騎兵団から提示された作戦に不満があるのだ。リュカ達魔法使いを中心に集落を蹴散らす方向では生ぬるいと、彼らが提示したものはダミアンが懸念していた通りのものだ。予想通りと笑ってしまいそうになる顔を引き締める。
「折角リュカ様がおられるのですからドラゴンの集落を殲滅といきましょう。追い払うだけなど、生ぬるい」
想像通り指揮官がダミアンからルンドグレーン子爵への変更されていた。王都からの騎士が指揮を取るのは当然だろう。それは仕方が無い。リュカを最前線に、中心に置いた作戦に変わるであろう事も予想出来ていた。
だが、一番気になるのは他の魔法使いが全て補助に回されていることだ。
これではリュカの負担が大きすぎる。街を守る事を念頭に置いてあるように見える作戦だが、実際はリュカを亡き者にしようとしている事がうかがえるものだ。
眉間に皺を寄せ険しいダミアンの顔をリュカはただ眺める。ルンドグレーン子爵の作戦を説明する声を聞いているだけでも不快だ。
リュカを王子と崇めているようで、魔法使いと貶めているのだ。リュカは黙って部屋から出て行く。付いてこようとするダミアンを目配せでそこに残した。
何を言おうとリュカの意見を王都の者は聞かないとわかっているのだ。王子として敬う振りは形だけで、皆の視線の先にあるのは王妃カロリーヌだろう。
自分にはなんの力もなく、魔法使いにまで落とされてしまったのだと、気持ちが沈み込んでいく。感情のままに立ち去るなど、子供のようだと自己嫌悪におちいるが、王城の雰囲気はリュカの感情を逆立てるのだ。
リュカに害虫のような目を向けるカロリーヌの顔まで思い出し、益々暗雲とした気分になる。
何が無くてもダミアンには心配ばかりを掛けていると自覚があり、これ以上余計な世話を掛けたくない。
忙しなく働くオーロルの姿に足が止まる。何も知らないオーロルが眩しく見えた。
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