第12話 ドラゴンの集落殲滅の新しい作戦
程なくしてドラゴンの集落殲滅の新しい作戦がオーロル等一般の兵士にも回ってきた。
先にあった作戦とオーロルの配置は変わらないが、新しい作戦はリュカを中心に据えた、リュカ頼みの作戦だった。
他にいる魔法使いは全て補助へ回され、魔法使いの事に詳しくないオーロルにだって、リュカの負担が大きいことがわかるくらいだ。
あれからリュカと会っていなかった。
この作戦を知っていたからリュカは荒れていたのかと考えるが、顔を合わせずらい。
オーロルにはなにも非がないのだから気にすることはないはずだ。だけど、またあの氷のように冷たい目を向けられたらと思うと気が重いのだ。
吐き出された深い溜息に周囲はなんと声をかけたものかと黙っていた。
クレールは水桶の上澄みを叩く。弾けた水飛沫にオーロルが顔を顰めた。
「言いたいことがあるならハッキリ言ってくださいね」
朝から何度も何度も目の前で溜息を溢されるのだ。嫌になるだろう。
クレールはオーロルに視線を向けることなく朝食の洗い物に従事している。額に青筋を立てているようにも見えるクレールの様子に他の兵士は遠巻きだ。クレールはオーロルと年の頃が変わらない。その彼女に兵士は萎縮したかのように傍観を決めている。彼女に逆らえば大事な飯が減らされてしまうと危惧しているのだろう。
「具合が悪いなら医務局に。文句があるなら今ココで話して下さい」
クレールは手を止めずに言い放つ。
あまりにもハッキリとした物言いに、オーロルは皿を落としてしまった。
慌てて割れた欠片に手を伸ばすオーロルを箒で制し、微笑みかける。
「怪我しますよ。……王子といい、オーロルといい、王都の騎兵団が来てから浮ついているんじゃありませんか?」
チラリと見渡された兵士たちは肩を竦ませ何も聞こえない振りをする。オーロルだけでなく、リュカの様子もおかしい。オーロルが話題に上がればすぐにその場を離れていくのだ。
「子供じゃないんですから、誰かに気が付いて欲しいなんて態度はやめて下さい」
黙るオーロルにクレールは箒を渡す。
「もうここはいいから、玄関口の掃除をお願いします」
門戸を閉じるような言い方にオーロルは黙って従う。なにを話しても言い訳にしかならない。実際、誰かに鬱屈とした気持ちを察して欲しいと頭の片隅にあるのだ。
リュカの事を誰かに相談しようにも、王都の騎兵団が来てからそんな暇はなかった。
王都の騎兵団は訓練に明け暮れるばかりで、他の業務を手伝おうとしないばかりか、アレが足りない。コレじゃあダメだ。と、些細な仕事を増やしていた。オーロルだけでなく、皆が対応に嫌気がさし疲れを溜めていた。
――ドンッ!!
激しい衝撃音に体を強張らせる。
マリユスが近くの壁を蹴った音だった。
いつも丁寧な紳士然とし態度のマリユスからは考えられない姿だ。何を荒れているのかと声を掛ける事を躊躇われる。
再び壁に拳を叩きつける姿に、ただ事でないだろう。
オーロルの視線に気が付いたマリユスはそのトゲを隠すように深く息を吐く。
「……すみません。貴女を怖がらせるつもりはないのです」
貼り付けたような笑顔にオーロルでは何も出来ないのだと下がろうとするが、彼女を気にすることなく彼は話す。愚痴のように始まった話にオーロルはどうしようもなく付き合うしかない。
「今度の作戦に置いて殿下への負担が大きいと抗議をしたら、外されてしまいました」
自身を卑下するように薄ら笑いを浮かべ
「殿下を守らなくてはいけないのに……僕はなんと役立たずなんでしょう」
リュカとマリユスの関係を何も知らないオーロルでも、マリユスのリュカへの過保護っぷりは目につく。それを王都の騎兵団へそのまま向ければ外されても仕方がないと思う。組織とはそういうものではないだろうか。
だが、今回の作戦はリュカの負担が大きい事も事実だ。
「オーロルさん、どうか殿下をお願いします」
唐突な話にオーロルはたじろぐ。マリユスが何をオーロルに頼みたいのかわからない。
リュカを心配してのものだろうとは想像できる。最近似たような事をダミアンにも頼まれたばかりだからだ。
だけど、オーロルでなくてはいけない理由がわからない。なにを頼まれているのかもハッキリとわからない。言葉を濁すどころか、態度が曖昧なのだ。
「……何をですか? どうしてわたしなんですか?」
かの噂があって彼女に頼んでいるのだろうけど、オーロルからしたらリュカも、このカレンデュラに来てから出会って間もない内の一人だ。
全く気にならない相手というわけでもないが、噂が立つことも、彼の身内のような人達によろしくされるような間柄ではないと思っている。
マリユスは意外だと言わんばかりに目を大きく開き、険しかった顔がいつもの落ち着いた表情に変わる。
「貴女の前では殿下が穏やかに笑うんです。僕は初めてあんなに穏やかな顔を見ました」
穏やかという表現がオーロルには結びつかない。氷のような瞳を向けられたことはあっても、リュカの表情が険しいと思っていないからだ。
「素直と言った方がわかってもらえるでしょうか? 貴女が来るまで氷のように凍てつく表情の殿下しか居りませんでした」
初めて会った時に怒られ、叱られ、その夜にぎこちなく謝られた。
あの夜空で見たリュカの笑顔は氷笑などではなく、暖かいものだった。
凍てつくといわれれば当たり散らされた時の氷のように冷たい瞳だろうか。
それでも、マリユスの言う出会う前のリュカが想像出来なかった。
「貴女には迷惑なのかもしれませんが、殿下の事を頼めるのはオーロルさんの他を知りません」
オーロルは戸惑いをどうしたらいいのか持て余す。
マリユス達から寄せられる期待にどう応えればいいのか、リュカにどんな顔を向ければいいのかわからなくなっていく。
リュカを想えばどんどん会いにくくなるのだ。気持ちは大きく膨れ、どうやって彼と話をしていたのかさえわからなくなる。
気が付けばリュカの事ばかり考えていた。
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