第13話 気が付けば
気が付けばリュカの事ばかり考えていた。
ダミアンとマリユスにリュカを託されたからだけではない。誰から聞いたのかあの噂を確かめにくる王都の騎士もいるのだ。
煩わしくてもいつだってオーロルの周りではリュカの話が絶えず、リュカの事を考えられない日がないという方が正しいのかもしれない。
オーロルと街の巡回に当たる兵士が色物に触れるような対応をしてくることもあり、今がまさにそうだった。
オーロルはオーロルであり、リュカじゃない。
リュカの事なんてなにも知らないし、二人の関係を聞かれたところでなにもないのだ。邪推するのもいい加減にして欲しいと、オーロルはどうしようもない状況に、噂に振り回され気味だ。周囲が落ち着くまでは仕方がないのだろう。
――きゃぁぁぁぁぁぁ!!――
――ドラゴンだぁぁぁ!――
建物の崩される衝撃音と人々の悲鳴にオーロルたちは走り出す。悲鳴だけでも兵士として行かなくてはいけないが、そこに「ドラゴン」とハッキリ聞こえたのだ。無邪気な噂話に興じてはいられない。
角を曲がり、逃げる人々の合間を縫い進んだ先に現れたソレは数体のドラゴンだ。
頻発しているとは聞いていたが、これは多すぎると怯んでしまう。一体だけでも脅威だというのに……どうしたものかと逡巡するが、やることは決まっている。ドラゴンから人々を守ることが仕事だ。
ドラゴンたちの蹂躙はあっという間だ。
木造の建物は焼き崩れ、石作りの家は踏みつぶされる。
横たわり既に動く事の出来なくなった人、あるいはドラゴンの体の良い玩具のように転がされる人。
男も女も関係無い。老人であろうと、子供であってもドラゴンの餌食となってしまえば先はないのだ。どこへ逃げればいいのかと、右往左往する人々で混乱していた。
オーロルは兵士なんだと、気持ちを鼓舞して槍の柄を強く握り締める。
街を、人々守らなくてはとドラゴンを睨み付けるもその巨躰に身が竦む。
リュカと初めて会ったあの時、ドラゴンに対する恐怖は薄かった。怖いとすら感じなかったのではないだろうか。
目の前にドラゴンがいた事に変わりはないし、懐にまで潜りこんでいたにも関わらずだ。あの時は武器だって失った。
だけど今は、目の前の惨事に飲み込まれ、オーロルは己の無力さに打ちひしがれていた。
ドラゴンの吐く息に体を焼かれのたうち回る人がいる。
瓦礫に潰され動けない人がいる。
はぐれた相手を探して声を上げる人がいる。
親とはぐれ泣く子がいる。
目の前で起こっている事はなんだと、力が削がれていく。体の震えはとうに止まり、力が抜けていくようだ。
共に駆けつけたはずの兵士はドラゴンの息に飲まれ、既に居ない。
手にしていたはずの槍はいつ無くなったかわからない。
腰の剣を抜いたのはいつだった?
増援はまだなのかと、リュカの顔がチラリと過ぎる。あの青い目がいとおしい。
魔法使いが、リュカが来るまでここにドラゴンを留めて置かなくてはいけない。ソレはいつまでと、頭の中が騒がしい。たった一人でなにが出来るのだろうかと迷いが生じ、構えていたはずの剣が下がる。
ドラゴンの気配に見上げれば、眼前に迫るはドラゴンの口腔内だ。
今まさにその大きな口に飲み込まれる。
「オーロル!」
オーロルを包む冷たい空気に、その声に気が緩む。握っていたはずの、剣の落下音が妙に耳についた。
――もうなにも心配はいらない――
リュカが来れば安心だ。彼の魔法ならばもうドラゴンに怯えることはないと、安堵に力が抜ける。
膝から崩れる彼女を抱くリュカの顔は今にも泣きそうだ。
どうしてリュカが不安そうに顔を歪めているのかと不思議に思う。
笑顔でドラゴンを退治する凄腕の魔法使いじゃなかったのかと。誰よりも強い魔法使い『氷笑の公子』じゃないのかと。
力強く抱きしめられる腕に身を預ける。
もう、ドラゴンに対峙しなくていいという安心感と、リュカに会えたという喜びにオーロルは彼の背中に腕を回した。
「どうして、リュカがそんな顔するの?」
「ッ……俺、オーロルになにかあってはと……」
心配させてしまったと、当惑するが、オーロルは兵士だ。危険と隣り合わせの仕事をしているのだ。なにを言われても返す言葉がない。
申し訳なさと、しょうがないことと、言葉に詰り、「リュカも」と言い訳に似た責める言葉が浮かび飲み込んだ。助けてくれた相手に失礼だ。
「あんなの、俺がすぐにどうにかしてやる」
頼もしいリュカの呟きに無茶をしないでと、言葉を口には出来なかった。
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