虹色の冒険譚

ぺん音 永夢

プロローグ


様々な人々がひしめき合い、様々な音が鳴り響く。騒がしく時が駆け抜ける町の中、ひとつだけ明らかに時代遅れな木造の建物が建っていた。まるでその場所だけ時間の進みが遅いかのような、忙しく時間がすぎる周りからは完全にかけ離された落ち着いた空間だった。そんな異様な建物の入り口にはいつも沢山の自転車やキックボード、スケートボードなどが止まっており中からは甲高い楽しそうな声がいつも鳴り響いている。

中に入るとそこにはまるで美術館の様な空間だった。素人が見ても感動する様な豪華な装飾品に、いくつもの巨大な本棚に並べられた数千を超えるであろう書庫、そんな見事な空間を口を開け感嘆の声を漏らしながら見上げる大人達。そしてそれらの先に子供達が一箇所に集まり楽しそうにはしゃいでいる。その子供の中心に1人の老人が背もたれの大きな椅子に座って楽しそうに髭を触りながら子供達につられる様に微笑んでいる。そんな微笑ましい光景を後ろから優しい笑顔で見守っている人が見える。この老人の妻だ。もうだいぶの年のはずなのに全く年を感じさせない体を持つ美しい女性だ。足元には賢そうな犬が寝そべり幸せそうな顔で眠っている。

そう、この建物は美術館でも図書館でもない。この老夫婦の家なのである。この老夫婦が一体何者なのか知る人は少ないが、とても偉い人達らしい。そのためか近所の人たちにはとても好かれ、このように毎日家を訪ねる人が立たないのだとか。いつのまにか、わしの家が観光スポットになってしまったと老人は嘆いているようだが、このように訪ねてくる人を嫌な顔ひとつせずに歓迎し、嘆くどころか自分も楽しげに来る人達と会話を交わしている。特に近所の子供達には、お爺さんのするお話が面白いと大人気だ。今日もお爺さんの楽しい話を聞こうと子供達が群がっている。

さて、かくいう自分もこの老夫婦の家に興味を持ちはるばる別の町から駆けつけた観光客の1人である。念願の場所に行けて僕はとても満足だった。様々な場所を見て満足そうに微笑む僕を子供達は可笑しそうに見ていた。そして無数の本一冊ずつまじまじと見ていると、ひとつだけ明らかに異臭を放つ本があった。僕はその本を手に取る。タイトルは書いてなく、本というよりはノートのようなものだった。中を開くとそこには手書きの文章がびっしりと書かれていた。老人が自分の手で書いたものだろう。相当古いものらしく紙は黄ばんでいて、文字は消えかけている。日記のようなものだろうか、そう思って少し読んでみる。どうやら日記とは少し違うらしい。まるで小説のような書き出しだった。そんな事を思いながら読み進めていくと、この本は僕が生まれる前の世界の話を書いた本らしい。

「その本に興味があるかい?」

読書に集中していた僕の耳元でそんな言葉が囁かれる。驚きで飛び跳ねながら後ろを向くとそこには、さっきまで子供達と楽しそうに会話していた老人が、子供のようないたずらっぽい笑顔で座りこんでいた。

「え・・まあ・・」

動揺を隠しきれない僕はそんな曖昧な返事を返した。するとその答えを待っていたかのように老人の顔はみるみるうちに明るくなっていく。

「それを書いたのは実話な・・わしなんじゃよ!!」

やはりそうかと思う。老人は一気に20歳ぐらい若返ったんじゃないかと思うほどに楽しそうな声を出す。

「それはな、わしの若い頃の話を書いてるんじゃ。お前さんがその本を手に取った人物第1号じゃ!ささ、早く読むと良い」

半ば強制的にこの本を読まされることになった僕は、仕方なく近くの椅子に腰掛ける。そろそろ日が沈み行く頃、今日の間に読み終えることは多分無理だろう。今日はこの家に泊まらせてくれるのだろうか。まあ、その辺の事は追い追い考えるとして、今はこの本を読もうじゃないか。

そして僕は本の1ページ目を開く。

僕が生まれるずっと前、まだ世界が悲しみに溢れていた時代。様々な命の灯火が消え果てる暗闇の中、その命を最後まで輝かせ時代を走りきった英雄たちの冒険譚の1ページ目を。

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