第74話 「絶望したー!騙されてもこーちゃんを諦められない私に絶望したーー!!」

 彩音のすすり泣く声が微かに響く亜弥華の病室。

 亜弥華は再び天井を見つめ、ため息を漏らすと、そっと目を閉じる。

 その横顔は誰がどう見ても美少女そのもので、彩音も吸い込まれそうな肌に見とれてしまっていた。

 それに彩音に語りかける言葉や話の内容もこれまでの訳のわからない内容ではなく、ちゃんと意味のわかる普通の話し方をしている。

 彼女の心が少しだけ開き、素の部分が垣間見えた瞬間だった。


「こーちゃんとの出会いはね、全然ロマンチックでもなんでもなかったし、今に思えばよくもんだなって思う」


?」


「うふふ、なんでもないわ。私、五人兄妹の末っ子でね。自分でもびっくりするぐらいほったからしにされて育ったの」


 亜弥華は落ち着いた雰囲気で自身のことについて話し始める。


「上の兄妹が良くできた兄妹だったから、私のできの悪さに家族が愛想を尽かしちゃったのね。だから、物心ついた頃には両親は私になんの興味も示さなくなってた。中学からは参観に来ることもなくなったし、高校の入学式にも来なかった。だから、高校を勝手に中退して家を飛び出したの。で、友達の家を転々として色々バイトして。それでも家族は誰一人として私を連れ戻そうとしなかった。居なくなってせいぜいしたんでしょうね。そんなある時、ビラ配りのバイトしてたら芸能事務所のスカウトに声をかけられたの。それがこの仕事を始めたきっかけ」


 亜弥華の話は続く。


「最初は変な子を拾ったって思われたんでしょうね。未成年なのに家がなくて、家族と連絡も取れない。だから私は劇団の寮に入れられた。でも負けん気が強かった私は必死で頑張ったわ。作り笑顔に可愛い仕草、気に入られることならなんでも演じた。それに演じるのは全然苦じゃなかった。私ね、自分が見たいテレビを見れずに育ってきたの。見せられたのは親の見たいドラマか兄妹のアニメばっかり。幼稚園の頃からドラマの演技しかみてこなかったから、演技を真似することには自信あった。事実同年代の劇団員なんかと比べたら差は歴善だったわ。そこからモデルの道に進んで今度は女優に戻ったって感じかな?

 で、色々キャラを演じてるうちにいつしか自分を見失って、気がついたらお酒に逃げるようになったの」


 亜弥華は喋り疲れたのか、彩音に飲み物を求めるジェスチャーをする。


「ほんと今思えばバカだったわ。その時から体を壊しはじめて、急におっきなストレス感じちゃうと息ができなくなって気を失っちゃうの。それでもお酒を止められなかった。ほんとバカよね、私。で、ある時一人で飲んでたらめんどくさい奴等に絡まれてね。困ってたところに現れたのが、こーちゃんなの。……うふふ、今思えばね」


 時折孝太郎の事を思い出しては嬉しそうに微笑む亜弥華に、少し焼きもちを妬いてしまう。


「その後も聞きたい?私がこーちゃんきっかけでお酒をやめれた話とか、こーちゃんの病気の話とか。そうだ、あなた私に『好機』って言ってたわよね?それってこーちゃんの『』って名前と掛けてるの?」


「え??……それ誰ですか?」


「ん?」


 二人はお互い首をかしげる。


「あの、さんじゃないんですか?」


「はっ?誰それ」


 亜弥華と彩音は互いを見つめ合いしばらくきょとんとしたが、亜弥華はすぐに状況を把握した。


「あ、あぁ。そういうことね。


 亜弥華はくすっと笑いながらも、悲しげに肩を落とし、うっすらと目に涙を浮かべる。

 そして無機質な天井を見つめぼそぼそと呟いた。


「……した。……に……した」


「え、令和ちゃん?」


 彩音が話しかけた途端、亜弥華は振り上げた両手の拳をベッドにおもいっきり振り下ろし、部屋中に響き渡るほどの大きな声で叫んだ。


「『絶望したー!騙されてもこーちゃんを諦められない私に絶望したーー!!』」


 こぼすまいと上を向いていても、大粒の涙が頬を流れ落ちる。

 聞くに耐えないほどの喚き泣く声が病室にこだまし、そんな亜弥華になにも声をかけられない。

 亜弥華の中で引っ掛かっていた何かの謎が解け、それが彼女を大泣きさせているんだと彩音は悟った。

 彩音としては亜弥華の語った騙されたという内容を詳しく聞きたかったが、聞ける雰囲気ではない。







「……『結婚して五年、レス歴二年』」


 ようやく泣き止んだと思いきや、いきなり突拍子もないことを口走る亜弥華。


「やっぱりだめ、諦められない。『結婚して五年、レス歴二年』。よーちゃん……じゃなかった。こーちゃんがしてくれなくたって……だめ、やっぱりこーちゃんじゃなきゃ無理」


「け、結婚!!れ、れ、令和ちゃん、結婚って!?」


「ねぇ、お願いがあるんだけど」


 彩音の問いかけを無視し、涙を拭いながら亜弥華は必死に笑顔を繕う。

 そんな亜弥華を見て、彩音は不愉快ながらも少し心が苦しくなった。


「よくドラマとかで病室から逃げる時に点滴を腕から引きちぎるでしょ?あれって痛いのかな?」


「わからないですけど……まさか!」


「早くしないと『ママ』が来るわ。あいつは勘が異様に鋭いから私達の脱走計画なんてきっと見抜いてる。逃げるなら今しかないわ。あんたも嫌いなんでしょ?あいつのこと。こっち来て耳貸して」


 亜弥華は彩音を引き寄せると、耳元でこそこそと作戦を伝えた。


「え、えー!!」


「『見た目は子供、頭脳は大人』この名探偵アミナンにできないことはない!!」


 亜弥華は腕に刺さった点滴の針をゆっくりと引き抜くと、体に貼られたよくわからないコードを引っ張った。

 そしてそれを彩音の首に巻き付けると緩めに締め上げ、点滴の針を彩音の首もとにチクリと刺す。

 異常を知らせるアラーム音が鳴り響く中、人質役となった彩音はぶるぶると震え、それを見た犯人役の亜弥華は不敵な笑みを浮かべた。

 さっきまで大泣きしていたとは思えないほどの亜弥華の変わりように彩音はさらにテンパりだす。


「れ、れ、令和ちゃん?ほんとにやるんですか!?それより偽名ってなんなんです!?それにさっきの話で思ったんですけど、『結婚』とか『レス歴』とか!令和ちゃんってほんとは何歳なんですか!?」


 亜弥華は彩音の問いかけに咳払い一つで答えると、有りもしない胸のアクションボタンを一押ししキリッと前を向き、有りもしない背中のジェットウィングが開くのを確認すると意気揚々と病室の扉に手をかけ気合いの掛け声を叫んだ。



「『無限の彼方へ!さあ、行くぞー!』」




以下自己満の近況です。

https://kakuyomu.jp/users/anakawakana/news/1177354054890994154

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