第51話 「鶏白湯ですからね」

 今回は彩音目線の一人称となります。


 ******


「私の、私の何がいけないんですか!先輩が悪いんです!全部……伊藤先輩が悪いんです!」


 誰が言った言葉だったっけ?


 あぁ、あの時の私か……


 ***


 そんなこんなで、結局二人きりでご飯に行くことになった。

 いや、なってしまった。

 高寿湊心のせいで!


 結局時間もないし、いつも千夏と行ってる行きつけのラーメン屋に決まったけど、どうしよう。

 無駄に意識してしまう。

 あのあと高寿さんに変に捲し立てられたから余計だ。

 仕事中なら二人きりでも別にやることあるし、気が紛れるけど。

 さすがに今日は色々あってからのデートだし。

 デート……?

 うん、違うな。


 あと、私が先輩と二人でご飯に行くってなってから千夏の機嫌が妙に悪かった。

 周りのみんなにはわからなかったかもしれないけど、私にはわかる。

 あれは絶対機嫌が悪い時の千夏だ。

 そんなに来たかったら来たらいいのに。

 てか、来てほしかった。

 今からでもいいから来てー。


 あー。

 こんなことになるなら化粧道具とかちゃんと持って来るんだった。

 全然イケてないし。

 下着も今日に限ってこの柄だとは……。

 いや、何も期待してないよ!

 期待してないけど、一応そういうシチュエーションになる可能性だってあるわけだし……。

 ないか。

 うん、ないな。


 むしろ一緒に泣いたくせに、高寿さんはいつの間にかバッチリ化粧して顔出来上がってたし。

 いつの間に!?って思ったけど、さすがだ。

 美意識が違いすぎる。

 やっぱホテルの人ってみんなその辺の意識高いんだよなー。


 てか、高寿さん、スパにいたときはずっと眼鏡だったのに。

 いや、眼鏡の方が断然かわいいかったし。

 鼻いじったから眼鏡が似合わなくなったのかな?


 私も眼鏡にしよっかな。

 先輩はどっちが好みなんだろ。


「お待たせしました」


 先輩来た!

 もう仕事じゃないから敬語はやめてほしい。


「先輩って眼鏡とコンタクト、どっちがいいですか?」


 良し、聞けた。

 挨拶すっ飛ばして質問でごめんなさい。


「眼鏡だと鼻に跡ついたりズレたりするから、今はコンタクトの方が楽かな」


 ん?どゆこと?

 あ、そっか。

 私の聞き方が悪いんだ。

 私の聞き方なら、先輩がするならどっちがいいか。ってなるんだ。

 あー、失敗したー。

 でも今更聞き返せない。

 さすがに恥ずかしい。


「彩音の眼鏡顔。見たことないから見てみたいかも」


 聞きたかったのそれです!

 エスパーですか、あなたは!

 ありがとうございます。


 ***


 今夜のディナーが来ました。

 先輩はあっさり醤油ベースの普通のラーメン。

 一方、私は特製鶏白湯ラーメンです。


 なんだろ?

 先輩が私の鶏白湯見てすごく怪訝そうな顔してる。

 怪訝そうというか、何か嫌なこと思い出してひきつってる感じ。


「あの、どうかしましたか?」


「いや、白いなぁっと思って」


「鶏白湯ですからね」


 なんだろ?

 白いスープが嫌なのかな?

 じゃあミルキー風呂も嫌いだな、きっと。

 最近ミルキー入ってないなぁ。

 あ、ミルキーだったら湯船の下は見えないからそれなら先輩と入っても……

 って、なに考えてるんだ、私は!


「いよいよだな、ビアガーデン」


「はい、お盆前なんですけど今年やってみてうまくいけば来年は日程変更してみようかなって思ってます」


 やっぱり先輩といると落ち着く。

 なんなんだろう、この感じ。


「あのさ、台風の日の事なんだけどさ」


「先輩。その話はやめましょう。大体の事は高寿さんから聞きました。私の事とかも色々聞いちゃったんですよね?」


「そっか」


「それより、最終日にテレビの取材来るんです!高寿さん知ってたのに私に教えてくれてなくて。さすがにそれは怒りました」


「テレビ!?」


「はい、私も詳細は今日知ったんです。最終日にテレビの取材が来て、千夏と高寿さんがインタビュー受けるんです。私はちょっとテレビに映りたくなくて」


 やばい。

 おしとやかにするつもりだったのに、めっちゃしゃべってる。


「できれば俺も映りたくないな」


 先輩、めっちゃ嫌な顔してる。


 そういえば高寿さんが先輩から闇のオーラを感じるって言ってたっけ?

 テレビ映りたくないのも、きっとなんか理由があるんだろうな。


 うん、そこは突っ込まずにそっとしておこう。

 嫌われたくないし。


「テレビ班とは当日私が打ち合わせするので、私と一緒にいましょう。そしたら映りません」


「彩音の邪魔になったらごめん」


 良し!

 先輩との時間、ゲットだぜ!

 職権乱用だけど先輩の為だ。

 一緒にいたいもん。

 仕方ない。

 てか、高寿さんだって先輩とお風呂に入ったの職権乱用だし。

 いや、嫉妬とかじゃないですよ。

 一応怒ってるんですからね、社員として。


「そういえば、こないだ一緒に出掛けた時の事覚えてますか?」


「うん。彩音がヘルメスベルガー連呼したやつだろ?」


「またそうやって……って結局ヘルメスベルガーってなんでしたっけ?」


「作曲家だろ?吹いたこと無いけど」


「そうでしたっけ?でも曲名が出てこない」


「俺も」


「いやいや、ヘルメスベルガーじゃなくてですね。あの時も聞きましたけど、私と初めて会った時の事。思い出しましたか?」


「うーーん。そんな話したっけ?」


「しました!もー、ちゃんと思い出してくださいね」


 私は目を閉じてあの時の事を思い出した。

 あの時と同じ、四月の清々しい風がふわっと吹いて、私の髪を撫でたような気がした。




 ******




 あれは私が大学に通いだして三日目だったと思う。

 一人暮らしを始めて一ヶ月程経ち、ようやく一人での生活に慣れてきた頃だった。


 その日から数日間、バスを降りた時から部活やサークルの勧誘が待ち構えていた。

 校内のいたる箇所で同様の勧誘が繰り広げられていて、私は紙だけもらってなるべく目線を合わさないようにしていた。

 部活やサークルに興味がないわけではなかったけど、当時はそういう気分にはなれなかったんだと思う。


 その日は健康診断とかテキストの購入とか色々あっていろんな所にいかないといけなかった。

 でも、方向音痴でまだ大学に慣れてなかった私はすぐに迷った。

 地図を見ながら進んではあっちへこっちへを繰り返し、同じところを何度も往復していた。

 在校生らしい人に聞いて行き方を教えてもらっても、全然わからない。

 行き方を教えるよりも勧誘の方が激しくて、次第に私は誰にも聞けなくなっていた。


 迷子で半泣き状態になりながら、どこかの廊下を歩いていた私。

 その時、私に一筋の光が指した。


「道、迷ったの?」


 それは、先輩が私にかけてくれた最初の一言だった。


「あの、三一五号室に行きたいんですが……」


 これが私が先輩に話した最初の一言。

 私は藁をもすがる思いで聞いてみた。


「ん?こことは別館だね」


 そういうと先輩は丁寧に行き方を教えてくれたが、それでも辿り着ける自信は私にはなかった。

 今までも丁寧に教えてくれる先輩方はいたけれど結局辿り着けなくて……。

 実際、先輩の教えてくれた道案内もそれまでに聞いてきたものと全く同じだった。

 私はそれでもお礼の一言とペコリと頭を下げ、その場を後にしようとした。

 すると先輩はそんな不安な気持ちを察してか、うつむいて頷くだけの私の顔を覗きこみ、ニコッと笑ってくれた。

 その笑顔が今でも忘れられない。


「こっち来て。あ、荷物貸して。重いっしょ」


 そう言うと先輩はさっき買ったテキストの紙袋を私の腕から奪い、すたすたと歩き出した。


「今日は勧誘の人、多いからね。はぐれないでね」


 私は先輩の後を必死で追いかけた。

 必死で必死で追いかけた。

 案内してくれてるのか。

 それとも勧誘でどこかへ連れていく気なのか。

 私は疲れていたのもあって、何も言えずにただ追いかけるしかなかった。

 もし勧誘なら逃げて帰るしかない。

 テキストどうしよう。

 そんなことを考えていたのを覚えている。


「ここだよ」


 必死で先輩の背中を追っているうちに目的地に到着した。


「三一五号室」


 私は嬉しくて先輩にお礼を言おうとしたが、それより先に先輩は一枚のビラを渡してくれた。

 先輩も勧誘の最中だったらしい。


「興味あったら部室来て。いつでもいいから」


 そう言って先輩は私に私物を返すと、鬱蒼とした人混みに消えていった。


「吹奏楽部……」


 この時、私は少し運命を感じた。

 勧誘のビラが、中高とやって来て大学では絶対にやらないと決めていた吹奏楽だったからだ。

 当時の私にとって吹奏楽は、両親から無理やりやらされていたもの、窮屈で面白くないもの、としか認識していなかった。

 だから両親から解放された大学で、絶対やるつもりはなかった。


 ……そのはずだったのだが。


 その日にしなければならない全ての行程を終え、私は先輩と出会った場所に戻ってみることにした。

 きちんとお礼を言いたかったというのもあるが、ほんとはそうじゃない。

 一目惚れかと聞かれても、そうですとは答えられないが、それに近い感情は持っていたと思う。

 こっちが困ってる時に優しくされたら、誰だってそうなるだろ!


 何度か道に迷ったが、私はようやく目的の場所に辿り着いた。

 そこで私は自分の目を疑った。

 まさかいないだろうと思っていたその場所に、先輩は立っていたからだ。


 気がつけば無我夢中で一目散に走り出していた。

 私が先輩に駆け寄ると、先輩はびっくりした顔で私を見つめていた。


「あ、さっきの!また迷った?」


 先輩のその言葉に、私は首を横に振るしかできなかった。

 なぜだか先輩の顔を見れなくて、すごく恥ずかしかったのを今でも覚えている。


「あの!」


 私は息を切らしながらも、意を決して小さく叫んだ。


「吹奏楽、興味あります!」





 これが先輩との初めての出会い。


 その後、私が先輩を本気で好きになり、告白し、見事に玉砕し……。


 それでも強引に唇を重ねたのは、また別のお話。

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