テレビ取材は波乱の幕開け!?

第50話 「今晩夕飯お誘いしたら、ご迷惑ですか?」

「あー。もうちょい左にずれてくれたらいいのに」


 静まった事務所で盗撮映像を見ながらぶつくさ呟く女性。

 千夏である。


 仕事に戻りたいものの、誰もいなくなった事務所から出ていくわけにも行かず、仕方なく盗撮録画を見ていた。

 あくまで仕方なく、である。


 千夏好みの男を漁っていたその時、『痴女レーダー』が反応し、とっさに画面のスイッチを消す。

 それと同時に事務所の扉が開き、彩音と湊心が帰ってきた。

 『痴女レーダー』がどちらに反応したかは千夏しか知りようがないが、二人の様子を見るに何かしらの和解をしたようで、千夏はそっと胸を撫でおろす。

 が、そんな安堵も束の間だった。


「ちなつ~♪」


 彩音は千夏の顔を見るなり、いきなり彼女に飛びついた。

 満腹亭の依頼をした時と同じように、頼みにくい事があるときは決まって甘えた態度で千夏に抱きつくのだ。

 千夏はまんざらでもない顔をするものの、すぐにその腕を振りほどき、一歩下がり距離をとる。


「な、なんだよ。また面倒事だろ」


「千夏ー。千夏しか頼れる人がいないのー」


「だからなんだよ」


 二人のややイチャついたやり取りの間に湊心が割って入り、千夏の肩を軽くポンッと叩く。

 そのまま無言でじっくりと千夏の顔や体を隅々まで舐め回すように見つめ、最後には彩音と目を合わせ大きく頷いた。


「千夏、お前の美貌が役に立つ時が来た。私の次にやけど」


「は?なんだよ」


 彩音と湊心は再びお互いに顔を見合わせ、どちらが説明するか目配せし合った。

 顔を横に激しく振る彩音に対し、湊心は一つ咳払いをしてから再び千夏の肩をポンポンっと叩く。


「千夏、ビアガーデンの日にテレビ取材が入る。私と一緒にインタビュー受けてくれ」


「えー!やだ!」


 千夏はびっくりしながら横目で彩音を見ると、顔の前で手を合わせ、必死にお願いのポーズをしていた。


「ごめん、千夏。私、テレビに映りたくなくて。その、身内にここにいるのバレたくないっていうか」


 彩音の気持ちや事情を千夏はある程度理解していたが、逆に説明させて彩音の機嫌が悪くなる方が厄介なので、それ以上何も言わせなかった。

 

「でも、別に千夏じゃなくてもさ」


「いや、会議では満場一致で千夏やった。本部員も千夏がええって」


 もちろん湊心が言ったことは全て嘘である。

 先程行われた会議で、関係者数名からおのずと千夏が候補の一人に上がったのは事実。

 だが、その席で湊心は他のメンバーの意見を押しのけ強引に千夏に決定したのだ。

 もちろん、千夏には一切の相談なしで。


「大丈夫。千夏みたいな美人さんなら絶対テレビ受けするから!」


「彩音がそこまで言うんなら」


「ありがとう、千夏。やっぱり持つべきものは千夏だよ」


 嬉しさのあまり抱きついてくる彩音に多少照れながらも、千夏には二人に聞いておかなければいけないことがあった。


「で、二人は仲直りしたの?その、色々と……」


 彩音と湊心はお互いに顔を見合わせ、同時に声を発する。


「いんや」


「してない」


 お互い泣きながらも、少しでも言いたいことは言えた。

 だが、それが仲直りかと問われれば答えは『NO』だ。

 そもそもこの二人に喧嘩をしているという自覚や認識がない。

 確かに二人の間には、湊心の行動や彩音の彼氏に関して多少のわだかまりが存在していたことは事実だが、少なからず互いの気持ちや考えがわかった今、改めて話し合うことを二人は嫌った。


『色々あるけど、赦す』

 許すのではなく、赦す。

 これが二人の涙が出した答えかもしれない。


 むしろ彩音に関しては、自分の隠していた孝太郎への気持ちが湊心に悟られてしまい、それが孝太郎や千夏にバレないかという方が心配だった。

 次に孝太郎に会った時、どんな顔で、どんな態度で接すればいいのだろうか。

 千夏に抱きつきながら、頭の片隅でそんなことを考えていた。


「それよりさ、孝太郎はどこいんの?」


 湊心の突然の一言にびくっとしてとっさに身構える。

 丁度、孝太郎の事を考えていたので湊心のその一言にドキッとしたのだ。


 と、それを見計らったかのように孝太郎が事務所にやって来た。

 まるで盗聴器か何かで事務所での話を聞いていたかのようなタイミングの良い登場に、彩音は慌てて千夏から離れ、彼女の影に隠れる。

 そして怯えたように千夏の背中のシャツの裾を掴んだ。


「あ、孝太郎ええところに来たやん」


 湊心が声をかけながら彩音をちらっと見る。

 孝太郎は一部始終を知らず、バツが悪そうにしながらも普段と変わらない笑顔をその場の三人に向けた。


「そーそー、孝太郎」


 湊心は何事もなかったかのように孝太郎に近づく。

 

「あのさ、今晩空いてる?」


 話の流れから誰もがテレビ取材の話をすると思っていたのに、湊心の口からまさかの台詞が飛び出した。


「「「えっ?」」」


 三人同時に同じ台詞で綺麗にハモる。


「えっ、何?孝太郎、今晩暇やんな?」


 唐突な湊心からの誘い。

 彩音と千夏がギロっと湊心を横目で睨むが、彼女は全く気にしていなかった。


「予定してた合コンが中止になってさ。やし、明美と二人で飲み明かそうかと思ったんやけど……」


 湊心は孝太郎に近づき、甘え口調で呟く。


「せっかくやから孝太郎と飲むことに決めてん」


 あからさまに困った顔をする孝太郎。


「なんなん?私じゃ不服なん?」


「いやいや、そういう訳では」


 孝太郎の表情を読み取った湊心はさらに孝太郎に詰め寄り耳元で小さく囁く。


「孝太郎に甘えたいな」


 孝太郎にしか聞こえないほど小さく囁かれた湊心の甘えた声に、孝太郎は顔をひきつらせたまま固まった。

 千夏の背後にいる彩音の顔が、あからさまに不機嫌になっていき、千夏の怒りと軽蔑の視線が痛いほど孝太郎に突き刺さる。

 湊心はそんな二人を横目で確認し、挑発するように声をあげた。


「そーだ!彩音も一緒にどぉ?」


 シャツを掴む手にぎゅっと力が入る。


「すいません、今日は予定が」


 彩音は一歩だけ千夏の後ろから出ると、不器用な作り笑顔を湊心に向ける。


「そっか。彼の機嫌を取るんで必死やもんな」


「ちょっと!湊心!」


 湊心の行動に耐えられなくなった千夏が、二人の会話に割って入る。

 シャツを通して彩音の気持ちが伝わってくるようだった。


「冗談やって。なんで千夏が本気になってんの?」


 どうせ彩音が断るのはわかっていたし、わかっているからこそ湊心は声をかけた。


「そうゆうことやから、孝太郎。朝まで付き合ってな」


 湊心は孝太郎の腕をポンと叩くと、小さウィンクした。


「あ、そういえば!」


 突然、彩音がわざとらしく声をあげる。


「私、空いてました、夜。そーだ、そーでした」


 明らかに演技がかった彩音の独り言に、その場にいた三人はきょとんとしたが、誰も口を挟むことはできなかった。


「行きます!私も一緒に行きます」


 彩音の『私も行きます宣言』に湊心はにんまりと笑みを浮かべる。


「え!じゃあ千夏も」


 千夏がそう言いかけた時だった。


「あーーーーー!!!!」


 今度は湊心が大声で叫び、演技がかったようにおでこに手を当てた。


「いっけねーーー!!今日予定あんの忘れてたーー!!」


 湊心の下手くそな芝居に、千夏と孝太郎は必死に笑いを堪える。

 が、彩音は信じたようで、さらに千夏のシャツを引っ張った。


「あーー!残念やわぁ。孝太郎と彩音と三人で楽しく飲めると思ったのになぁ」


 湊心はそう言いながら、千夏をちらっと横目で見てアイコンタクトを送る。


「あーー!残念だなぁ残念だなぁ。しかたない。二人で行ってきてくれ。なぁ、千夏?」


「あ?あーー、あ!ち、千夏も予定があったんだぁ、くそー!」


 千夏はそのアイコンタクトを読み取り、とっさに芝居臭い演技を披露した。


 あからさまな棒読みの千夏と下手くそな芝居の湊心。

 孝太郎はその芝居の意図する所を理解し、

 湊心に視線を送ると、彼女もまた孝太郎に視線を送っていた。


 湊心は孝太郎の腕をポンっと叩くと、何も言わず事務所から出ていく。


「あ、ちょ、待てよ湊心!」


 湊心を追いかけるように千夏も姿を消した。


 事務所に二人きりになった彩音と孝太郎。

 湊心に図られたとはいえ、二人で飲みに行くことになってしまった。

 湊心らしいと言えば湊心らしい。

 他に方法があっただろうと孝太郎は思案するが、こーなってしまった以上、飲みに行くしかない。


 一方の彩音はどうしていいかわからず、ただただテンパっていることを孝太郎に悟られないように必死だった。


 孝太郎に声をかけるべきか。

 かけられるのを待つべきか。

 かけられたらどう返事したらいいのか。

 どんな態度で接したらいいのか。

 やっぱり断るべきか。

 でもそれだと孝太郎に失礼じゃないか。


 そんな自問を延々頭のなかで繰り返し唱え、次第に胸が苦しくなってきた。


「朝倉さん」


「ハイ!」


 急に話しかけられ、びっくりして声が裏返る。

 心臓が口から飛び出すほどの勢いで、バクバク暴れだした。


「朝倉さん。今晩夕飯お誘いしたら、ご迷惑ですか?」


 何を言われるかはだいたいわかってはいたが、やはり誘われて嫌な気はしない。


「い、いえ!大丈夫です、はい」


 多少噛んでしまったものの、用意した台詞を問題なく言えた。


「よかった。それじゃあ、一度仕事に戻ります。後でまた決めましょう」


「そうですね。わかりました」


 二人ともさっき起こった言い争いには一切触れずに、ただ何事もなかったように過ごした。

 孝太郎は普段と変わらない態度で彩音に接し、静かに事務所を後にする。




 一人になった彩音。

 シャツの首もとを引っ張り、今日の下着を確認。


「…………」


 起こりもしない妄想に期待しつつ、ガクッと項垂れる。



 ***



 この後、警察に提出するはずのカメラが忽然と消えた。

 誰が、いつ、どこで、どうやって持ち出しかわからず、事件を立証できないまま、怪奇現象として噂が一人歩きした。

 その噂は次第に消えていったが、関係者の間でこう呼ばれた。


『男湯の怪談』と。

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