高寿湊心登場!?

第33話 「黙れ、顔面ニューハーフ崩れ!」

 晴れ渡る清々しい晴天が、暑さを助長するような今日この頃。


 午前中の仕事が一段落つき、一足先に休憩へ入る従業員が一人。

 孝太郎である。


 事務所へ入ると、いつものように彩音がガチャガチャとパソコンとにらめっこしていた。

 通りすがりに横目で彩音に視線を送るが全く気づく気配はない。

 昨日お忍びで出掛けたので少しは自分を意識しているかと思ったがそんな素振りは微塵もなかった。

 むしろ、彩音自身の身に何かあり昨日のことをなかったことにしたいとでもいった雰囲気である。


 休憩室へ入ろうとドアを開けた孝太郎だったが、ドアを開けた瞬間、すぐに閉めた。

 そのまま彩音の方を振り返るが、孝太郎の視線には目もくれず忙しくしている。

 再びドアを開け、恐る恐る休憩室へ入ると見慣れない女性が一人座っていた。


 見た感じは三十代前半。

 肩にかからない程度のボブカットに黒淵メガネが特徴的だ。

 座っていても体型にぴったりと合っているとわかるスーツがインテリな雰囲気をそこはかとなく醸していた。

 更に整形でもしたのかというほど異様な鷲鼻がついている。

 均整の取れた美人の顔つきだが、どうしても鼻に目がいってしまう。

 そして、彩音や千夏に比べて胸が大きい。

 加えて、ほのかに香水の香りが漂う。

 だが、どうしても最後には鼻に意識がいってしまう。


「ラッタッタッタ~♪ラッタッタッタ~♪一、二、三、四♪日々、良い、感、じ♪」


 鷲鼻の女性は、当初うつ向いて鼻唄混じりに自分の持っている書類に目を通していた。

 だが、孝太郎の存在に気づくといきなり立ち上がり背筋をピシッと伸ばした。


「おはようございます!」


「はい、おはよう……ございます」


 腹の底から出たような元気な挨拶。

 一応挨拶を返すが、鷲鼻の女性はピシッと背筋を伸ばしたまま微動だにしない。

 それどころか唇をぐっと噛み締めて緊張した面持ちで孝太郎の顔をじっと見つめている。


「今日はよろしくお願いします」


 再び腹の底から出たような元気な挨拶。

 そう言って鷲鼻の女性は深々とお辞儀をし体を起こすと、そのまま孝太郎の反応を待つ。

 状況がわからず呆気にとられていたが、鷲鼻の女性の見た目と雰囲気から面接に来た女性なのかと察しがついた。

 面接担当の社員を待っているのかも知れないと思い、鷲鼻の女性に席に座るように促す。

 すると鷲鼻の女性は間髪入れずに孝太郎へ何かを差し出した。


「こちらが履歴書となります」


 さっきから鷲鼻の女性が見ていたものは彼女の履歴書で、やはり面接に来たようだ。

 なぜか勢いに押され履歴書を受け取ってしまった。

 と、同時に様々な考えをよぎらせ、一つの答えにたどり着く。


 これはきっと千夏の新たなドッキリだ、と。


 冷静に考えて休憩室で面接なんておかしいし、事務所にいる彩音が知らない訳がない。

 むしろここでドッキリだと判断して逃げると、後で笑い者にされるかつまらないと怒られるにちがいない。

 そう考え迷った挙げ句、千夏のドッキリに正々堂々付き合うことにした。

 逆に千夏をドッキリさせてやろうと孝太郎は考えたが、そもそもこれが千夏のドッキリだという証拠もどこにもない。



 つまり『疑わしきは千夏』である。



 孝太郎はゆっくりと威厳たっぷりに椅子に座ると、わざとらしい咳払いをしながら彼女の履歴書をじっと見つめる。

 だが、まず何をすればいいかさっぱりわからない。

 ひとまず動揺を悟られないように履歴書の隅々まで目を通した。

 が、読んでる振りをしてるだけで頭には入っていない。

 鷲鼻の女性は緊張で強張った顔を強引に笑顔にし、じっと孝太郎を見つめている。

 その顔は客観的に見ると苛ついてひきつっているようにも見えた。


「まずは」


 普段より低めの声で口を開く。


「ここにも書いてありますが、ご自身で自己紹介お願いします」


「はい」


 鷲鼻の女性の元気のよい返事に、孝太郎の顔から冷や汗が出る。


「私の名前は高寿湊心たかすみなこと申します。現在三十二歳で先月まで医療事務としてパート勤務しておりました。ですが、新しい仕事がしてみたいと思い、いままでやったことのない接客業に挑戦してみようと思った次第です。そして、入浴が好きなので、ぜひ入浴施設で働いてみたいと思い今回応募させていただきました」


 高寿という名字に、どこかで聞いたことのある名前だなとは思ったがそれ以上はなにも考えられなかった。

 次の質問のことで頭がいっぱいだったからだ。

 それに高寿湊心と名乗る女性の簡潔でわかりやすくまとまった自己紹介は非の打ちようがない。

 それが余計、プレッシャーとなった。


「では高寿さん、こちらへは公共機関で通勤ですか?」


 ひとまず差し障りのない質問をする。


「はい。家が近くにあり、そちらに住んでおりますので自転車での通勤を考えております。雨天も特に支障ございません」


「なるほど。では、週にどの程度勤務御希望ですか?」


「はい。現在フルタイムで勤務可能ですが、週労三十二時間程度での勤務を希望しております。

 ただ勝手なのですが、可能であれば雇用保険へ加入させていただける時間での勤務を希望しております」


 なんのことかさっぱりわからないがそれっぽく頷き、焦りを悟られないよう履歴書に目を落とした。

 そんな孝太郎をみて、鷲鼻の女性改めて湊心の右頬の辺りがピクッと痙攣する。

 さっきから孝太郎の態度にイラつきを感じているようだった。


「高寿さんから、何か質問はございますか?」


「いいえ、特にございません」


 その後何度か同じような質疑応答がなされたが、孝太郎は段取りの悪い的はずれなことを何度も聞く。

 その度に、湊心の顔は明らかに苛つきを抑えた険しい顔になっていった。

 手際の悪い孝太郎を見かねて、逆に湊心の方からやや早口で質問を出す。


「そちらから私の方に確認しておきたい事項などございませんか?採用後、双方で言った言わないのトラブルを防ぐ必要があるかと思います」


「あ、そうですね。では」


 とっさに思い付いた質問をしようとした時。


 バタッ


 勢いよく休憩室のドアが開き、若い女性が飛び出てきた。


「やっほー!孝太郎いるー?」


 孝太郎より一足遅れて休憩に来た女性。

 千夏である。


 休憩室には孝太郎と机を挟んでスーツ姿の湊心。

 陽気なノリで現れた千夏であったが、視界に入ってきた光景にしばらく固まってしまった。

 口をポカンと開け、ぱっちりな両目を数回まばたく。

 が、みるみるうちに眉間にシワが集まり、目に見えない負のオーラが彼女を取り巻き始めたかと思うと、キリッとした眼光で湊心を睨み付け、ドカドカと勢いよく彼女の元へ進んでいく。


 ドンッ


 千夏は湊心の横に立ち、握りしめた拳でおもいっきり机を叩きつけた。


「なんであんたがここにいんのよ!この鼻高整形ブス!!」


 千夏の一言に座ったままの二人は凍りつく。

 が、実際に凍りついたのは孝太郎だけで、湊心は立ち上がり、反対に千夏に詰め寄る。


 ドンッッツ!


 湊心も千夏同様机を叩きつけるが、その拳からは机が壊れるんじゃないかというほどの衝撃音が響き渡る。

 ごくんっと唾を飲み込む千夏。

 その千夏から何かおぞましい恐怖を感じとる孝太郎。

 次の瞬間、湊心は先程の面接とまるで違う口調で耳を疑うような暴言を吐き捨てた。


「はぁ?黙れ、顔面ニューハーフ崩れ!」


 その罵声に部屋全体が凍りつく。


「お前はいちいちうっさいねん!話入ってくんなや!!」


 まともに休憩できない孝太郎であった。

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