千夏ぶちギレ。のはずが、彩音ぶちギレ!?
第21話 「ついでに直海の処女も貰っちゃえば?」
ぽかぽか陽気の日曜日。
六月の梅雨シーズン真っ只中だというのに相変わらずの天気である。
どの施設も大賑わいの中、久しぶりの昼から勤務にややお疲れモードで休憩室の新聞に目を通す男性がいる。
孝太郎である。
孝太郎がパラパラと新聞を見ていると、従業員用の勝手口が開き二人の女性が悠然と入ってきた。
先に入ってきた女性はどこかの女子大生のようで、バスケ部かバレー部だろうと思わせるほど背が高い。
大きめのショルダーバッグを肩から掛け、部活のものと思しきジャージを着用していた。
そのジャージには、バスケットボールクラブとなんとか読めるローマ字で刺繍されていたが、施されている刺繍が奇抜過ぎて解読困難である。
続いて入ってきた女性は女子高生なのか女子大生なのか、見た目からは微妙なところ。
二度見してしまう程の奇抜な柄のパーカーを着てフードをかぶり、フードの上からヘッドフォンで音楽を聞いてる。
フードの上から聞いているのでジャガジャガとヘビメタっぽい音楽が絶え間なく漏れていた。
二人は特に会話することなくロッカールームに消えていく。
各々用意を済ますと孝太郎の前に着席し、自分達の出勤の時間が来るまでスマホをさわりながらお互いに何か話している。
孝太郎は別段気にすることもなく新聞をぱらぱらと眺めていた。
普段、この時間帯にいない孝太郎の存在が異質だ。
それ以外は普段となにも変わらない空気と時間が休憩室に流れる。
しばらくして、孝太郎は自分に注がれる熱い視線に気づき、ふと新聞から目を離す。
前を向くと、部活女子とびっくりするぐらいばっちり目が合った。
お互い初対面であるためか軽く会釈をし、その後は何事もなかったように、孝太郎は新聞に目を落とし、部活女子はスマホに目を落とす。
しかし部活女子はそのあとも頻繁にちらちらと孝太郎を見ては、隣に座っているパーカー女子とひそひそ話していた。
孝太郎は気づいていたが、敢えて気づかないふりをしてやり過ごす。
「あのー、すいませーん」
部活女子が孝太郎に声をかける。
が、孝太郎は聞こえてないのか、それとも自分に声をかけられたと思ってないのか、新聞を見たまま反応しない。
「もしもーし、聞こえてますかー?」
部活女子が改めて孝太郎に声をかける。
「はい、なんでしょうか?」
孝太郎が呼び掛けに気づき、新聞から目を離す。
「もしかして、伊藤孝太郎さんですか?」
「……はい」
「やっぱりー。先日はありがとうございましたー」
「先日?」
部活女子はその場で立ち上がると律儀にお辞儀した。
間近でみると、やはり背が高い。
「私、七瀬川桃花って言います。こないだ事故遭ってバイト遅れちゃって。伊藤さんと桝屋さんが助けてくださったんですよね?」
「あー、はいはい」
孝太郎はようやく話の内容がわかった。
「やっぱりー。雰囲気的にそーじゃないかなぁっておもったんですよ」
「雰囲気的に?」
「その日ね。直海から『めっちゃ忙しかったけどめっちゃ男前きたー』って教えてもらってー。ね?」
桃花は隣にいるパーカー女子に同意を求めるが、スマホゲームに夢中のようで適当に頷いただけで会話に入ろうとしない。
「あ、この子は梓。いつもこんなだから気にしないで」
桃花がパーカー女子の紹介をする。
初対面なのに馴れ馴れしい桃花の言動は、千夏そっくりだ。
馴れ馴れしい桃花とは対照的に無関係を決め込む様にスマホに夢中な梓。
桃花は身を乗りだし、孝太郎をまじまじと見ながらキラキラと目を輝かしている。
「今日直海は?」
「いや、知らないです」
その返答に桃花はきょとんとする。
「え?付き合ってるんじゃないの?」
その予想外の返答に、今度は孝太郎がきょとんとする。
「いや?人違いでは?」
お互いがきょとんして見つめ合う。
「えっとー、あのあと2人でご飯したんだよね?」
「はい」
「直海の誘いを断らなかったんだよね?」
「はい」
「じゃあもー付き合ったってことでいいじゃん。ね?梓」
再び隣にいるパーカー女子に同意を求める。
「いや、そのこじつけは無理がある」
パーカー女子の梓はスマホゲームに夢中と思いきや、話はしっかりと聞いているようで返答内容も的確で冷静だった。
「なんでよ!直海もまんざらじゃなかったじゃん」
「どうせあれでしょ。『クラスで歳上彼氏が流行ってるから自分も歳上彼氏が欲しい』ってゆーいつものノリ。前の彼氏も『将棋できる男の人ってかっこいい』とかなんとか言って付き合って『ルールわかんないからつまんない』って理由で別れたでしょ」
梓はゲームに一段落ついたのか、それとも2人の会話に入りたいのか、孝太郎を憐れそうな目で見る。
「直海の『歳上彼氏』の流行りにタイミングよくあなたが現れたってだけ。御愁傷様」
梓は孝太郎の現在の状況を客観的に且つ端的にまとめて、再びスマホを操作し始める。
一瞬静まった休憩室。
「直海ちゃんがどう言ってるかわからないけど、そもそも付き合う気も無いから」
孝太郎ははっきりと自分の気持ちを伝えたが、桃花はけたけた笑うだけで納得していない。
「違う違う。直海の中ではもう付き合ったってことになってんの」
「それはだいぶ困ります」
「いやぁ、もうさ、付き合っちゃいなよー。私がゆーのもなんだけど、あれはあれで結構いいとこあんのよ」
「いやいや、全然知らないし」
「付き合ってからお互い知ればいいじゃん。色んなとこデートして色々遊んでさー。んでさ、ついでに直海の処女も貰っちゃえば?」
「桃花!!」
梓がぎろっと桃花を睨み付ける。
どうやら梓はしっかり話を聞いていたらしく、加えてその手の話は嫌な様だった。
「この人は困ってるの。あと、なんでタメ口?歳上には敬語使う」
桃花は梓に叱られぷいっとした。
そろそろ出勤の時間なのか、それともスマホゲームに飽きたのか、梓はスマホをしまうと孝太郎の顔を覗きこんだ。
「あなたが困ってるのはわかります。でも直海はおそらく付き合えると思ってるので、しつこいと思います」
「どうすれば?」
「直海の中で『新しい流行り』が見つかるまでの辛抱です。御愁傷様」
淡々と話す梓。
桃花の言葉遣いを叱る梓だったが、終始孝太郎のことを「あなた」「この人」と言い、名前で呼ぶことはない。
孝太郎には梓が頑張ってそうゆうキャラを演じてるように見えたので敢えて突っ込まなかった。
「まぁーうちらからも、孝太郎さんが困ってるからやめなさい。って言っとくよ」
治らない言葉遣いに梓が横目で睨みをきかせるが、桃花は全く動じない。
「あ、そろそろ時間だ。行こ、梓」
「そうだね」
「じゃあねー、孝太郎さん」
「それでは失礼します」
一人になった孝太郎は、腕を組み椅子に深く腰掛け直す。
──めんどくさいことにならなければいいが、逆に好機と捉えられないか?
自問自答を繰り返す。
──彩音を嫉妬させれば、俺のことを強く意識する。
その為に直海を上手く利用する必要があるが、はたして上手くいくか……
──あの時、俺を気にして見に来てたのも知ってるし、彩音の意識が少し俺に向いてるのも所作を見ればわかる。
俺から触れることもそろそろ必要か?
──でも、何か違う。
やり方が間違ってる?
ほんとにこれでいいんだろうか?
──彩音を振り向かすには、まだまだだな……
考え込んでいた孝太郎はふと時計に目をやる。
そして慌てて私物を片付け、仕事に戻るのだった。
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