迷子?どこの子?元気な子!?
第17話 「先輩は黙ってて!!」
六月に入り本格的な梅雨シーズンの到来。
……だというのに全く雨が降らないとある土曜日の穏やかな午後。
季節に左右されることなく、リゾート施設には平日、休日を問わず大勢の利用客が訪れる。
だがやはり週末には駐車場が満車になるほど賑わうのが常で、来客数が増えると、それに比例するかのように常識やマナーの無い客が放置したゴミがどこからともなく発生する。
そんな駐車場に散らばったゴミを素早く回収するのも立派な業務の一つである。
そして今まさに、それを実行している男性従業員がいる。
孝太郎である。
「孝太郎さーん!」
遠くの方から自分を呼ぶ声が聞こえる。
声のする方を振り替えると、見覚えのある顔が大きく手を振っていた。
「あ、直海ちゃ……ん?」
半泣きになりながら孝太郎に早歩きで駆け寄ってくる女子高生。
直海である。
その傍らには、ぐずぐずと泣きべそをかいた子供が小さな目を擦っていた。
もう片方の手を直海がしっかりと握って繋いでいる。
「助けてください、孝太郎さん」
必死な顔で孝太郎に訴えるその声も、どことなく泣きべそのように聞こえた。
「その子は?」
「さっき駐車場で泣いてたんです。私、帰ろうとして、そしたらこの子泣いてて。座ってて。駐車場歩いてたらこの子が泣いてて。でもどうしたらいいかわからなくて」
直海は少しパニックになっているようで、話の流れが支離滅裂だ。
なんとなく内容を理解できたので直海を落ち着かせようと、彼女の頭をポンポンと優しくたたく。
孝太郎に話が伝わり安心したらしく、直海の目にはさっきよりもはっきりと安堵の涙が浮かんでいた。
それに加えて、孝太郎の余計な仕草が直海の気持ちを加速させる。
「一緒に受付に行こう。まずは朝倉さんに相談だね」
すっとしゃがみこみ、迷子の頭を撫で撫でする。
「いい子だね。お母さんと来たのかな?」
穏やかな笑顔で迷子に話しかける孝太郎の笑顔と頭撫で撫でを直海は羨ましそうに眺める。
「お兄さんと手、繋ごっか」
迷子の手をしっかりと握り、受付にいるであろう彩音の元へと歩き出した。
直海が繋がれた手を羨ましそうに見ながらついて歩く。
もう片方の手には掃除道具が握られているので、手をつないでもらえない。
掃除道具がなかったら手をつないでもらえただろうか。
───今、その腕に抱きついたら、嫌われるかな……
数日前なら躊躇なくできた行為が、今はなぜかできない。
しようと思うと、急に胸が苦しくなって行動に移せなかった。
週末は家族連れが増えるので、それに比例するように必然的に迷子発生率も高くなる。
その迷子の対応も立派な業務の一つだ。
孝太郎一行が辿り着いた先にニコニコしながら来店客の受付業務をこなす女性がいる。
彩音である。
「朝倉さん、すいません」
「どうしました?伊藤さん」
孝太郎から声をかけられ彩音は少し頬を緩める。
それが業務上のことでも孝太郎に声をかけられることは、彩音にとって嬉しいことだった。
「朝倉さん、おはようございます」
孝太郎の後ろから直海が現れ、ペコリと挨拶する。
「おはよう、遠山さん」
今度は直海に声をかけられ少し顔をどんよりさせる。
彩音の表情があからさまに変化したが、その表情の変化が示す意味を孝太郎はさっぱりわからない。
原因の張本人なのに。
大人と高校生だが、女子は女子。
なにか確執のようなものがあるのだろう。
表情の変化から直海を挟むとややこしいことになると推測した孝太郎は、面倒なことに巻き込まれる前に、彩音にことの流れを説明した。
「この子が駐車場で泣いてたらしくて。遠山さんが見つけて連れてきてくれたんです。迷子だと思います」
淡々と完結に内容だけ伝える。
こういう場合は事実だけを完結に伝えた方が相手も理解しやすい。
「それなら無線で言ってくれたらいいのに」
スパの従業員は全員小型の無線機を持っている。
小型のトランシーバーのようなもので、イヤホンを耳に装着しておけば各々への指示や現状の報告ができる優れものだ。
実際、孝太郎もそれを装着しており何度か無線で呼びかけたが誰にも繋がらなかった。
だから孝太郎は、無線機が繋がらないのを「壊れてる」と判断し、報告無しで迷子を連れていくことにしたのだ。
「わかりました。なら、一旦事務所に連れて行きましょう」
彩音は受付のカウンターから出てくるとしゃがみこんで迷子と目線を合わせ、にっこりと微笑む。
「お姉さんと一緒に行こっか」
満面の笑みで微笑む彩音だったが、迷子は孝太郎のズボンと手を握りしめて離そうとしない。
「離れませんねぇ」
直海が小声で孝太郎に呟く。
彩音はさらに顔をニコニコとさせるが、無理やり過ぎて笑顔がぎこちない。
「僕……なのかな?お名前は?」
必死で笑顔を取り繕う態度に機嫌を損ねたのか、迷子はそっぽを向いた。
「朝倉さんが苦手なんですかねぇ?」
また直海がぽそっとちいさく呟く。
その一言に彩音はイラッとする。
「そんなことない。私、子供好きだもん」
「朝倉さんが好きだからって子供が朝倉さんを好きとは……」
直海の正論にさらにイラつき、しゃがみこんだ姿勢からギロッと直海を睨みあげた。
「なんでもないです」
直海はぷいっとして孝太郎を見るが、孝太郎は迷子と彩音のやり取りを見ていて目を合わせてくれない。
しかし、直海の正論というか、読みは当たっていた。
きっと迷子の目には彩音の笑顔に隠れた嫌な部分が見えたのだろう。
実際、彩音は迷子を通じてその子の親に嫌悪感を向けていた。
大切な子供を迷子にさせて、と言う一般的な話ではない。
親はこの子に「ママの言うことを聞かないから!」と言って叱るだろう。
そうやって幼い子供は徐々に親に支配されていく。
感情も、心も。性格も、考え方も。
かつての彩音がそうであったように。
迷子はそれを彩音の笑顔から読み取ったのだろう。
今度は直海がしゃがみこんで迷子にニコニコと話しかけた。
「お姉ちゃんと手、繋ごっか」
迷子は直海を覚えていたのか、一瞬ニコッとするが、彩音と同じようにそっぽを向く。
まるでそっぽを向いて大人をからかい遊んでいる様だった。
「直海ちゃんでもダメかぁ」
彩音が少しホッとしたような顔で直海を見る。
残念そうな顔をしていても口元は嬉しそうな笑みを浮かべていた。
その口元は、千夏がよくする意地悪いにやけ顔にそっくりだ。
「さっきまでちゃんと繋いでたんですよ」
直海はそう言って反論したが、彩音は大人気なく無視する。
「お兄ちゃんが抱っこしていい?」
迷子はこくんと頷くと、両手を思いっきり伸ばして、抱っこしてほしいポーズをとる。
「孝太郎さんにめっちゃなついてますね」
直海が羨ましそうに孝太郎に話しかけるが、孝太郎も大人気なく無視する。
孝太郎は悪気があって無視してるのではない。
彩音と直海。
どちらかの肩をもったら面倒だと思っての故意の無視だった。
だが、彩音の無視は、完璧に嫉妬だ。
「なんしゃい?」
孝太郎の問いかけに、迷子はお父さん指と赤ちゃん指を頑張って折り曲げた。
そしてお母さん指とお兄さん指とお姉ちゃん指をぴんと立てる。
「みっつかぁ!ちゃんとできて偉いね!」
迷子を抱きかかえてわちゃわちゃとあやすと嬉しそうにきゃっきゃとはしゃぐ迷子。
その孝太郎の笑顔に、彩音はドキッとして視線を奪われる。
その孝太郎の姿に、直海は面白くないと思う以外なかった。
******
四人が事務所へ到着すると、すでに明美から迷子捜索依頼の連絡が入っていた。
『ペットショップで行方不明になった迷子を探してる』との情報だったが、直海の連れてきた迷子の子と特徴が一致する。
どうやら子供が「ワンワン見にいくー!」と、急に駐車場で走り出して結果迷子になったらしい。
親御さんと連絡がつき、駐車場で落ち合うこととなった。
******
待ち合わせ場所へ向かう道中も彩音と直海はぶつぶつ言い合っている。
当初は孝太郎と迷子だけで向かうはずだった。
しかし、直海が「帰る途中だから」「私が第一発見者だから」と駄々をこね、ついていくと言って聞かず、三人で行くことになる。
「それなら、私も」と彩音も行くことになり、最終的に全員で行くことになった。
ちなみに千夏も行きたがったが、それは彩音が本気の本気で制止した。
どこから迷子情報を得たのかは不明だが、千夏の情報収集力は半端ない。
「で、なんで直海ちゃんも来るの?私と伊藤さんで連れていくから帰っていいのよ?」
少し苛つきながら直海に帰宅を促す。
「いえいえ、私が最初に見つけたんですから私が責任もって連れていきます」
「でも、直海ちゃんはもう仕事終わってるでしょ?これは立派なお仕事なの」
「私がしてるのはボランティアです。慈善事業です」
「私、ボランティア雇った覚えはないんだけど」
「私も朝倉さんに雇われた覚えないんですけど」
店を出てからずっとこんな調子だ。
女子のいがみ合いを延々聞かされていた孝太郎が、耐えかねて割って入る。
「まぁまぁ二人とも……」
そう言った瞬間、殺気と嫉妬に満ちた四つの瞳が孝太郎に突き刺さる。
「先輩は黙ってて!!」
「孝太郎さんは黙ってて!!」
見事に返り討ちに合う孝太郎だった。
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