第15話 「孝太郎さんは誰のものでもないんですよね?」

 厨房の孝太郎を見つめ佇む千夏。

 その千夏へ直海が話しかける。


「桝屋さんて、何でそんなに美人さんなのに彼氏いないんですか?」


「なにそれ。いないんじゃない。いらないから作らないだけ」


 千夏は少しドヤ顔で答えた。


「じゃあ……」


 直海は意地悪な笑みを浮かべる。


「じゃあ、彼女は?」


「はい?」


 千夏は困惑した顔に苦笑いを浮かべる。


「明美さんが『千夏の彼女はめっちゃかわいい』って」


「あの妖怪エクステばばあの言うことなんて信じちゃダメ」


 直海の言うことを鼻で笑った。

 明美から聞いたことなのに自分が鼻で笑われて、直海はふてくされる。


「千夏は女の子なんだよ?なに?直海もしかして、千夏に惚れちゃった?」


「でも桝屋さんほどの美貌なら、彼氏つくらないのってもったいないですよね?」


「なんで?」


 JKの素朴な質問を質問で返す二十六歳の女性がいる。

 素朴な質問を素朴な質問で返された十八歳のJKがいる。


 ───桝屋さんて、たまにほんとに話通じないなぁ


 そう思いながら厨房を覗きこむ。


「あの厨房手伝ってくれてる人」


 孝太郎を指差した。


「孝太郎?」


「孝太郎……さんってゆーんですね。すごく紳士的でテキパキしてるなぁって思って」


「千夏もびっくりしてんだけどさ。どっかで料理人でもやってたのかな?」


 厨房を忙しなくあちこち動きまわり、孝太郎はニノ前と中々のコンビネーションを織り成す。

 そんな孝太郎をじっと見つめる女子二人。

 そんな中、直海がさっきの彩音との会話や出来事を思いだす。


「孝太郎さんって、てっきり朝倉さんの彼氏さんだと思ってました」


「なんで?」


「だって朝倉さん。さっきからちょくちょく孝太郎さん覗きに来てるし。しかもその眼差しってゆーか表情ってゆーか、女子高生の私から見てもわかるぐらい明らか目がハートになってキラキラしてましたよ」


「そんなことないよ!」


 ただあったことを言っただけなのに千夏に本気で否定された直海は、訳もわからず目が点になった。

 千夏と話が合わないと感じた直海は、彩音もそのことを否定していたと告げる。


「でしょ?直海の勘違いだよ」


 千夏はそう言ってまた鼻で笑ったが、顔は一切笑っていなかった。

 孝太郎の盛り付けが終わり千夏が持っていこうとした時、直海がぽそっと呟く。


「じゃあ、孝太郎さんは誰のものでもないんですよね?」


 その一言に千夏は何かを感じ足を止めた。


「それ、どういう意味?」


 少し直海を睨みながらいつになく真面目な顔で聞き返す。


 二人の間に異様な空気が漂う。


「こら!無駄口叩いてないで早くしろ」


 ニノ前に怒られた千夏は何か言いたげな雰囲気のまま、その場を去った。



 ******




 直海がどんどん注文をとり、千夏がテーブルメイクをし、二人が空いた僅かな時間で溜まった食器を一気に洗う。

 ニノ前がどんどん麺を器に移し、天婦羅を揚げ、孝太郎がそれらを盛り付けながら注文の確認と状況をニノ前に伝える。

 まだまだ忙しいがピークを過ぎ一段落した頃、孝太郎と盛り付けを待つ直海との間に少し会話できるほどの余裕ができた。


「あの、私、遠山直海って言います」


 先陣を切ったのは直海で、少し照れながら孝太郎に自己紹介をする。


「自己紹介遅れてごめんなさい」


 少しもじもじしながらペコリと頭を下げる。


「僕は伊藤孝太郎と言います。遅くなりましたが、こちらこそよろしくお願いします」


 孝太郎も同じくペコリと頭を下げる。


「遠くの山より直ぐの海って書くんです。お父さんが海が好きで。でもこの付近全然近くに海無いんですけどね」


 直海なりの鉄板の挨拶だったが、孝太郎は愛想笑いをするだけ。


「すごく手馴れてますね。伊藤さんて、料理得意なんですか?」


「いえ、ニノ前さんの指導が上手なだけで僕はなにも……」


「でもすぐになんでもできるのって、なんてゆーか、かっこいいです」


「ははは、ありがとう」


 照れながら話す直海と、女子高生にかっこいいと言われ孝太郎もまんざらでもない。


「こら!無駄口叩いてないで早くしろ」


 再びニノ前の激が飛ぶ。


「はーい。怒られちゃいましたね」


 直海はごめんなさいの意味合いを込めて孝太郎にウィンクする。


「ですね」


 孝太郎も同じようにウィンクで返した。

 が、下手くそすぎて変顔になる。

 その仕草がかわいいと思ったのは直海だけかもしれないが、その仕草が直海の脳裏にはっきりた焼き付いた。




 その後も、タイミングが重なる度に他愛もない会話をする孝太郎と直海。


「私、こないだまで将棋にハマってて。クラスで流行ってたんでやってみたら意外と難しくて」


「ニノ前さんてほんとは『一一樹』って書くんだって。なんでニノ前って書いてんのかわかんないけど、変な名前だよね。『二』の前だから『一』で『ニの前』って読むんだって」


 直海の学校であった面白エピソードや今ハマっている歌手や漫画の話、あとニノ前のプチ悪口など。

 直海は自分の話を毛嫌いせず最後までちゃんと聞いてくれる孝太郎がだんだん愛しくなっていた。


 ──あとちょっとでお別れか……


 直海はいつしかそんな風に思う。


 話を重ねるうちにお互い昼御飯を食べてないのでお腹が減ったという話になり、仕事終わりに二人でご飯に行く約束をする。

 もちろん千夏はそんな約束を二人がしているとは知る由もなかった。


 孝太郎としては直海に興味があったわけではなく彩音の情報を聞ければと思っていただけなのだが、その行動がトラブルを招くとは考えてもいなかった。


 そんなこんなで無事に忙しい時間帯を乗りきった四人。

 それを見計らったかのように、急遽呼ばれた満腹亭のスタッフが到着し、入れ替わりとなった。


「桝屋、伊藤、助かったよ!また今度も頼むわ」


「千夏はもう来ないからね!」


「ニノ前さん、こちらこそ貴重な経験ありがとうございました」


「お!伊藤!気に入ったよ。朝倉と桝屋の子守りに疲れたらいつでもここで働いていいからな」


 無事に仕事が終わり事務所へ帰る千夏と孝太郎。


「私もあがりなんで一緒に帰ります」


 直海も一緒に三人で事務所へ向かう。


「あ、先行ってて。ちょっと彩音の様子見てくるから」


 千夏は彩音の様子を見に、岩盤浴のある二階へ階段を登っていった。


「孝太郎さん」


「ん?何、直海ちゃん」


 直海がいきなり孝太郎の腕に抱きつく。


「ちょっと、いきなりなに!」


 孝太郎は慌てて直海を引き離した。


「へへへ」


 直海はふざけてやったらしく、またごめんなさいの意味合いのウィンクをする。

 それに対して孝太郎もお返しのウィンクをするが、下手くそな変顔になった。

 そしてちらっと後ろを確認し、再び孝太郎の腕に抱きつく。

 孝太郎は別段嫌な気はしなかったが、離してもまたくっつくだろなと思い直海にしがみつかれたまま事務所に向かった。


 直海は孝太郎の腕に抱きついたまま、再び後ろを振り向きウィンクした。

 そのウィンクの終着点に彩音がいたことなど、孝太郎は全く気がついていない。



 ******




 孝太郎と直海は待ち合わせ場所を店の入口と決め、すでに帰る支度のできていた孝太郎が先に約束の場所へ向かった。

 続いて支度のできた直海が事務所から出ようとした時、彩音が事務所に入って来る。


「直海ちゃん、お疲れ様」


「朝倉さん、お疲れ様です。さっき明美さんが朝倉さん探しにここに来ましたよ」


「そうなんだ」


 彩音は疲れているのか直海にそっけない態度をとり、自分の席に座る。


「桝屋さんと一緒じゃないんですか?」


「なんで?」


「桝屋さんも朝倉さんが気になるからって探してましたよ」


「あっそ」


 直海に対する彩音の態度が明らかにおかしい。

 顔は笑顔だったが目が笑っていなかった。

 彩音はマスクを外し、卓上の手鏡で口元の傷を触る。

 その態度と仕草はまるで直海がこの空間に存在しないかのようだった。


「お疲れ様でしたー」


 不穏な空気を察知した直海はそそくさと事務所を後にする。



 事務所で彩音と直海が目を合わせることは一度もなかった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る