第二章 遠山直海~気紛れJKは歳上好き~
満腹亭は大忙し!?
第13話 「孝太郎!諦めるな!」
ぽかぽか陽気の土曜日。
どの施設も大賑わいの『スパ・エディション』
その賑わいの中、少し早めの休憩に入り、新聞に目を通しぶつくさ文句を垂れる女性がいる。
千夏である。
その隣の席で苦笑いの愛想笑いを振り撒いては、千夏に捕まり完全に帰るタイミングを逃した男性がいる。
孝太郎である。
今日の孝太郎は午前の短いシフトだったので千夏が休憩に来る前に帰る予定だった。
だが、運悪く千夏に捕まり今に至る。
「酒呑んだら運転しちゃいけないの常識だし、そんな非常識なやつらが事故起こすんだろ?」
「僕もそう思います」
「だから、そんなバカのバカは一生治んないから一生牢屋にいれときゃいいんだよ」
「僕もそう思います」
ここで働き始めて一ヶ月近くが過ぎ、孝太郎と千夏はそれなりに仲良くなってきている。
といっても、以前手を握りながら口説かれかけたことがあったので、時折千夏を警戒していた。
特に二人きりになったときはなおさらだ。
千夏のことは嫌いではないが、彩音以外の女性に好意を寄せられたり特別視されたりすることは本来の計画に支障が出て迷惑でしかなかった。
『昨今の飲酒運転』に関して二人があれこれ論議していると、事務所の方から彩音の声が聞こえてきた。
他の従業員へ指示を出しているようだ。
「明美ちゃんに『警察の誘導と労災の手続きもお願い』って連絡お願い」
調度そのタイミングで事務所の内線が鳴り「朝倉さんへお電話です」と内線にでた従業員が彩音に取り次ぐ。
「はい、朝倉です。……へ?え、嘘!どーすんの?」
彩音が電話越しに怒り口調で話す。
今日の彩音はいつにも増して仕事モードである。
プライベートで嫌なことがあった次の日は、大抵朝から苛立ちながら普段以上に仕事をこなしていく。
そして、そういう日に限って大きめのマスクを着用している。
そのマスクが風邪予防等ではなく口周りのアザを隠すためのものだということは、事情を知る人間には明白だった。
だが、その事は他言無用で千夏ですら会話にあげることはほとんどない。
「わかった。なんとかするから直海ちゃんに用意させて。私も向かうから」
彩音は苛つきながら電話切り、一息入れようと休憩室の方へ向き直ると、そこにはドアの隙間から顔をだし事務所の様子を伺う千夏と孝太郎がいた。
しゃがんだ千夏の頭の上に中腰の孝太郎の顔。
ちっちゃなトーテムポールになった二人と彩音の視線がバッチリ重なる。
その瞬間、険しかった彩音の顔はマスクの上からでもはっきりとわかるぐらい満面の笑みへと変わった。
不穏な気配を感じた二人は慌てて椅子に戻り、平然と会話を続ける。
「でもさぁ、やっぱり呑んじゃうだよねぇ」
「僕もそう思います」
「酒が悪い!酒が千夏に恋してんのよ」
「僕もそう思います」
自分達はずっと喋ってて何も聞いてないし見てないという雰囲気を頑張って演出しようと試みる。
が、無駄だった。
彩音はニコニコしながら座っている千夏の背後に近づき、勢いよく抱きつく。
こうやって彩音が甘えて来る時、確実にめんどくさいことを要求してくると千夏は知っていた。
「千夏、お願いがあるんだけど。いいかな?」
「でた!」
じゃれ合いながら千夏の耳元で甘くささやくと、心なしか千夏の頬が少し赤らむ。
「なに?レジの交代とかならいいけど、野原さん関連はごめんだよ」
「違うの。食堂の調理スタッフが転んで骨折ったみたいでね、さっき救急車で運ばれていったの。で、さっきニノ前さんから連絡あって、昼からのバイトの子が事故して来れないかもみたいなの!しかも二人」
嫌な考えが千夏の脳裏に浮かぶ。
「千夏に食堂手伝いに行けと?」
「さっすが千夏!話が早くて助かる!」
千夏はまたかぁ、と肩を落としため息をつく。
この手のお願いは一度や二度ではないからだ。
千夏は抱きつかれたまま席を立ち、彩音に暑苦しいという顔を向けたが、彩音はニコニコして離れようとしない。
「配膳とか注文聞いたりはできるけど、厨房は無理」
「問題はそこなの。今はニノ前さんと直海ちゃんだけでさ。他のスタッフが到着するまで提供アイテムを絞って営業するように指示してるんだけど」
「彩音が営業しろって言ってんの!?」
「うん」
千夏が少し驚き聞き返すと、コクンと首を縦にふり千夏から離れた。
「そんなの臨時休業にしろよ。鬼だな」
「千夏。私は総合的に判断したの。マンアワーと販管数値から見ても採算取れてる。私の経営方法に口を出さないで」
ムキになって持論を展開するが、千夏は意味がわからないので聞き流す。
「で、いつ行けばいいの?」
「今からでも!まだ十時だし十一時から二時までの三時間ぐらいかな?」
「めっちゃ忙しい時間帯に!」
「だからごめんって!千夏の仕事は私が責任もってやるから!」
千夏はしかたないなぁという顔をしてため息をつくが、彩音の期待と尊敬に満ちた視線に恥ずかしそうに顔を背けた。
「で、厨房はどーすんの?」
千夏が机の上の新聞や彼女の私物を片付け始める。
「んー。中々料理できる人って心当たりな……」
と、タイミングよく孝太郎と目が合い、突然「先輩!!」と叫ぶ。
目をルンルンに輝かせながら孝太郎に近づき、拝むように手を合わせる。
「先輩!料理できますよね!すこーしだけ残ってもらえたりできますよね?」
「いやいやいや、急に……」
キラッキランッッ
その瞬間、孝太郎は千夏の視線を感じ彼女の双瞳が音を立ててお星様のように光輝いたのをはっきりと見た。
「孝太郎!諦めるな!」
「諦めるなって、なにを?」
「孝太郎ならできるよ!」
「だからなにを?」
孝太郎の頭にハテナが浮かび、同時に彼の弁解は千夏の『便乗スキル』と『強制参加確定』という援護射撃でかき消された。
「よし!拒否しないなら決まりだな!用意できたら直接行くからニノ前さんに連絡よろしく」
「千夏ぅ。やっぱり持つべきものは千夏だよぉ」
彩音に正面からおもいきり抱きつかれ、千夏はそれに照れる仕草を見せながらも必死で隠そうとする。
「彩音、あとよろしく!」
「うん。ありがとう、千夏!あと先輩も!」
解決策がまとまると彩音は事務所へと走り去っていった。
孝太郎が自分の意見など全く聞かず、二人で話がまとまってしまったことに呆然としていると、千夏が近づいてきた。
千夏は座ったままの孝太郎の両肩に手を置き、上から孝太郎を見下ろす。
「いや、まだ行くとは……」
孝太郎は恐る恐る答える。
「孝太郎、行くよね?」
それはいつも千夏と彩音がやっているやりとり。
孝太郎は千夏の強引で半ば強制染みた勧誘が、まさか自分にされるとは露にも思ってなかった。
「孝太郎、行くよね?」
「……はい」
千夏のイレギュラーアドベンチャーの犠牲者がまた一人誕生した瞬間だった。
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