オウム捕獲大作戦!?

第11話 「桝屋さん、少し話が……(待てっつってんだろーが!!)」

 穏やかな午後の日差しに包まれた湯冷ましのバルコニー。

 このバルコニーではベンチに座ったりボンボンベッドに寝転んだりして岩盤浴で火照った体を冷ますことができる。

 しかも飲食自由という利用客にとっては快適な空間だ。

 そんなバルコニーで掃除用のモップ片手にぼーっと外を見つめ佇む女性がいる。

 千夏である。


 決してサボっているわけではない。

 千夏がバルコニーを掃除中、見慣れない奇妙な鳥が一羽、優雅に羽ばたきながらバルコニーにやって来たのだ。

 そしてバルコニーのフェンスに着地すると横歩きで隅っこに移動し、悠然と鎮座した。

 その一連の流れを千夏はぼーっと見ていたのだ。

「鳥が佇む」と言う表現が日本語として正しいかは疑問だが、千夏の目にはそう映った。


 ツン♪


 ぼーっとしている千夏の脇腹に心地よい鋭痛が走る。


「ヒャッ!」


 千夏の甲高くてかわいらしい声が辺りに響き、同時に利用客の視線が一ヶ所に集まる。


「千夏。さっきからなにやってんの?」


 そう言って千夏の背後からこっそり近寄り、さらに彼女の脇腹をつっつく女性がいた。

 彩音である。


 清掃確認に巡回してきた彩音には、微動だにせずモップ片手に佇む千夏の姿が不思議に見えたのだ。


「いやさ、あの鳥さっきからあそこにいるんだけど」


 そう言って、その奇妙な鳥を指差す。

 真っ黒な羽を見にまとい大きな觜をこれ見よがしに広げ、これまた大きなあくびをしている。


「どっかで見たことない?」


「んー?ないかな」


「テレビとかじゃなくてさ、なんか見覚えあんだよね」


「んー。言われてみればなんか見たことあるかも」


 しばらく二人でその奇妙な黒い鳥を観測し、あれこれ思考を巡らした。

 が、答えは出ず。

 全く飛び立つ様子もなければ、人に害を与えるということもなさそうなので二人だけの暗黙の了解のもとそのまま放っておくことにした。


 が、それからしばらくして事態が一変する。


 隣接商業施設のペットショップ。

 野原支配人管轄の通称『野原園』と呼ばれるペットショップからあろうことか商品のペットが逃げ出したというのだ。

 その連絡を受けた彩音は電話口で「あっ!!」っと大きな声をあげた。

 普段見かけない鳥。

 どこかで見覚えのある鳥。

 逃げ出したペットショップの動物の特徴とあの悠然と佇む鳥の特徴が一致したからだ。


『アカオクロオウム』

 全長は30センチほどで名前の通り全身黒の羽で覆われたオウムだが尾の一部が赤いのが特徴だ。

 その名の通り赤い尾の黒いオウムだ。


 なぜ、その鳥に見覚えがあったのか。

 それは、単に彩音と千夏が仕事終わりに一緒に遊びに行くとき、『ペットショップで待ち合わせ』が定番だったからに他ならない。

 特にどちらかがどちらかを待つ場合などは、有意義な暇潰しに最適な場所だった。

 それ故、二人はそのオウムに微かに見覚えがあったのだ。




 ……で、どうするか。


 彩音としては目撃情報だけ伝えて、ペットショップの従業員に任せるのが無難と考えていた。

 プロに任せるという意味でも、それが正しい選択である。

 が、その考えは甘かった。

 アクシデント大好物の千夏が運よくその話を聞いてしまったのだ。


「彩音、捕まえに行くよ!」


「えー!絶対そう言うと思ったー」


「行くの?行かないの?どっち!」


「私は事務所で……色々とね?」


 強ばった顔を強引にニコッとさせ、恐る恐る千夏を見上げると「え?話聞いてた?」と言わんばかりのあからさまに困惑した表情がそこにあった。


「……彩音。行くよね?」


 そう言いながら、にたぁーっと千夏の頬が緩むのがはっきりとわかる。


「返事は?」


「……はい」




 ******




 ちょうど別の従業員から、女湯に変な鳥がいるとの情報が入り、二人は現場に急行した。

 営業中の為、あたりは一糸纏わぬ女性客で賑わっている。

 その合間を滑って転ばないようにゆっくりと露天風呂まで進むと、確かにあの黒い鳥がのそのそと露天風呂の塀を歩いていた。

 塀は侵入防止、覗き防止の為高く設けられていたので、梯子や脚立でもない限り到底塀のてっぺんに届くことはできない。


「彩音さぁ、たっけぇなぁ。こりゃ届かねぇべな」


「んだなぁ」


「お湯でもかけてみっか?」


「んだぁ」


「届くかな?」


 テンションあがって方言混じりの口調になる千夏と全くやる気がないが一応千夏に合わせて彩音も方言っぽく返す。


「えい!」


 千夏は手慣れた手つきで風呂桶にお湯をすくうと、利用客の迷惑にならぬよう細心の注意を払いながら風呂桶を勢いよく振り上げた。


 バッサァァァ


 が、届くわけもなく、代わりに「きゃっ!」と可愛い悲鳴が響いた。

 千夏の放ったお湯は宙を舞い、弧を描いて彩音の顔面に落下し命中したのだ。

 利用客の視線を一身に浴びる彩音。

 それもそのはず。

 千夏司令のオウム捕獲計画に全く無気力だった彩音はオウムを「意外とかわいいなぁ」と見ているだけだった。

 それ故、千夏の放ったお湯の行方など見ていなかったし、そもそも千夏の行動自体全く眼中になかったのだ。

 彩音の可愛い悲鳴を聞いてか聞かずか、脱獄鳥は駐車場の方へ飛び立っていった。


「ちっ!逃がしたか!」


「ちょっと、千夏!びしょびしょなんだけど!?」


「追うよ!彩音!」


「ちょっと!びっしょびしょなんですけど!!」


「話は後!急げ!!」


「また風邪ひいたらどーすんの!聞いてる!?」


 周りを気にせず騒ぐ彩音を千夏が冷静な顔でたしなめる。


「朝倉さん。周りにはお客様がおられます。言葉づかいには気を付けましょうね」


「あの、桝屋さん。ちょっとよろしいですか?(千夏!おい、こらっ!)」


 彩音の言葉を聞く前に、千夏は踵を返してその場から去っていった。

 腹を抱えながら、焦って滑って転ばぬようにゆっくりと早歩きで去る女性従業員。

 利用客が見た千夏の姿は、抱腹絶倒そのものだった。


「えぇ!ちょっと待ってよー!(おい!!待てや!!)」


 千夏に遅れながらも焦って滑らぬように慎重に後を追うずぶ濡れの女性従業員。

 事情を知らない利用客が見た彩音の姿は、ずぶ濡れのドジな従業員そのものだった。




「桝屋さん、少し話が……(待てっつってんだろーが!!)」

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