赤いシュシュは誰の為!?
第6話 「孝太郎と結ばれるには……」
『朝倉さん御乱心』と『孝太郎過呼吸』の2大イベントの翌日。
今日も朝早くから、いつものように新聞片手にムシャムシャとコンビニの惣菜パンを頬張る女性がいた。
千夏である。
しばらくして従業員用の通用口が開き、昨日早退した孝太郎がやや気まずそうに入ってきた。
「あ!ちょっと!ちゃんと電話してって言ったでしょ!」
孝太郎が千夏に挨拶をするより前に、千夏が開口一番、口火を切る。
タクシーに乗り込む際にも、ちゃんと連絡するようにと念押ししたにも関わらず、孝太郎は職場へ連絡をしていなかった。
「すいません。家帰って落ち着いたら連絡しようと思ってたんですけど。帰宅したらそのまま寝てしまって……」
「まぁ、それならしかたないか。彩音がめっちゃくちゃ心配してたんだよ」
ほとんど初対面なのに馴れ馴れしい口調で話す千夏の態度に、どこかうれしく感じた。
「桝屋さんはいつもこんなに早いんですか?」
そう言い残すと、身軽なフットワークで男子のロッカールームへと身を隠した。
急いで身を隠したのには理由がある。
孝太郎は朝が弱い。
単に早起きに慣れていないだけだが、朝が苦手な人種には千夏のテンションの高さは正直めんどくさいからだ。
「千夏は結構この時間にはもう来てるよ。他のおばちゃんパートさん達はもっと早いけど」
そう言いながらおもむろに掛時計を見上げる。
「まぁ、誰かさんよりも遅かったことは一度も無いかな」
着替え終わった孝太郎がロッカールームから出てきた。
エディシャンでの作業着は、統一されたTシャツに統一されたエプロンを着用するというものだ。
エプロンは年中同じだが、Tシャツは季節やシーズンにあわせて、頻繁にデザインが変わる。
本部の販促部署がデザインしたものや店舗でデザインし発注したもの等様々だ。
腰と肩には小型のトランシーバーのような無線機が取り付いており、これを使って随時他の従業員達と連絡をとる。
孝太郎は時間を確認し、休憩室の椅子に腰掛ける。
千夏とは一つ席を開けて座ったのだが、それは彼女に絡まれるのが億劫で、意識的に避けた証拠でもあった。
しかし、孝太郎のその考えは甘かった。
今度は千夏の方が、身軽なフットワークで孝太郎の隣の席にピョンッと飛び移る。
そのままテーブルの上にだらーっと寝そべったかと思うと、孝太郎を下から見上げた。
飛び移ってきたことにびっくりした孝太郎は、一瞬びくっとし反射的に身を避けたのだが、その刹那、千夏とぴったりと目が重なる。
不覚にも、千夏を「かわいい」と思ってしまった。
ちょうど学生が授業中に居眠りする様な体勢で顔だけを孝太郎に向け、じとーっと上目づかいで孝太郎を見つめる。
反対に、千夏を意識しないようにと孝太郎は意識的に時計を見つめるが、見つめられているのだからやはり気になってしまう。
千夏は『かわいい』か『美人』かと言われれば、明らかに後者である。
見た目だけで言えば、確かに高スペックである。
少し高めの背丈にすらっとした手足。
雑誌モデルのような、引き締まった体型。
顔もはっきりとした目鼻立ちをしている。
左目の泣きホクロが特徴的だ。
以前、明美との口論で「北川景子の劣化版」とか「沢尻エリカのパクり整形顔」とか「妖怪thousandsummer」と言われ、バカにされたこともある。
まさにその通り、と周りが称賛する程の悪口だったが、千夏本人は悪口なので納得していなかった。
テンション高めのバカなところが残念なだけで、それを抜きにすれば極めて高スペックな女性である。
……見た目だけは。
先程の体勢のまま、なにも言わず無言で見つめてくる千夏の視線に耐えきれず、孝太郎が口を開く。
「朝倉さん、遅いですね」
「そうだね」
「いつもですか?」
「ん?そうだね」
「へぇ」
一方的に千夏に見つめられながら。
一方的に孝太郎を見つめながら。
二人の間に何とも言えない沈黙が続く。
「そー言えばさ」
千夏は体を起こし、ぐーっと大きく背伸びをする。
その声と口調は少しムスッとしているようだった。
「昨日彩音と一緒に帰ったら、たまたま占いやっててさ。んで、たまたま占い師に声かけられてさ」
「路上でですか?」
「そー!まぢでびっくりした。今時路上かよ!って。んで、一応占ってもらったんだけどさ、それがもー全然ダメダメな訳よ」
そう言いながら机に肩肘をつき、顔をもたれさせながら、またもや孝太郎を覗きこんだ。
「今どき水晶だよ!路上で水晶!でね、彩音がさ、彼氏いるの黙って『どーしたらいい人と恋に落ちますか?』って聞くんだよ」
「朝倉さん、そんな悪知恵なこと聞くんですか?」
「まぁ彩音も千夏もお酒入ってたから。そしたらヤブ占い師がさ『ずっと想い続けてる男性がいますね』って。千夏、それ聞いて横でバフッて吹いちゃってさ」
よほど面白かったのか顔をくしゃくしゃにして笑う。
いつしか孝太郎は、自然と千夏の方へ体を向けていた。
千夏の笑顔や人柄には、人を惹き付けるそういった魅力がある。
「だってさ、彩音は彼氏いんだよ。そりゃねーだろって。彼氏いんのに他に好きな男がいるってこと?って考えたら笑けてきてさ。そしたらヤブに『近くに想いを寄せる人がいますか?』って聞かれて、彩音は『彼氏のことですか?』って聞き返したの!もー傑作でさ!千夏、後ろ向いて腹抱えてしゃがんじゃった。したらヤブがさ、『彼氏のことを想ってるわけではないですよね?』って自分の最初の意見をこじつけてくるわけ!そしたら、彩音の奴も急にもじもじしだしてさ」
千夏のマシンガントークは止まらない。
「いきなり『どーしたらいいんですか!その人と結ばれるには!』って。いきなり食いついてきたからヤブもビックリしてさ」
「で、どーなったんです?」
「『赤いもの』がいいらしいよ。その人のことを想って『赤いもの』を身に付けてるといいらしい。でもさ……どー考えてもあのヤブの苦し紛れの答えとしか思えないんだよね」
ようやく千夏のマシンガントークの弾が尽きたようだ。
「もしヤブの言うとおりなら、千夏としては早く別れてほしいんだけど……」
ぽそっと、悲しそうに呟く。
ほんの一瞬の間をおいて、今度は孝太郎をからかうように大人びた声色で話し出す。
「あ、でも。もしかしたら彩音の想い人って、孝太郎かもよ?」
「よしてくださいよ。あ、でも、もしそうなら桝屋さんどーします?」
「え。どーもしない」
「なんですか、それ」
二人はお互いをからかうように笑い合う。
彩音のことをほんとうに嬉しそうに話すんだな、と千夏を見ていた。
「それでさ、そのあと彩音ったら急に買い物付き合ってって言い出してさ」
「赤いものでも買いに行ったんですか?」
「うん。真っ赤なちょい透けパンツ。しかもフリフリついてるやつ」
それを聞いて孝太郎は急にむせ出す。
缶コーヒーを飲んでいたのだが、口にふくんだ飲みかけの中身をおもいっきり前方に吹き飛ばしてしまったからだ。
それを見て千夏は腹を抱え大笑いしながらも、二人でテーブルを拭きながら話を続ける。
「でさ、千夏はやめとけって言ったのよ。彩音にはもっとおしとやかな柄が似合うって。でも『こーゆーときは思いきらないと』ってさ」
「で、赤いパンツ?」
「うん、しかもブラと上下セット」
また二人で息を合わしたかのように笑いあった。
しばらくして孝太郎は、再び千夏がこちらをじっと見つめていることに気づく。
ただ、さっきまでのだらけた感じとは全く違い、すっと背筋を伸ばして孝太郎をまっすぐ見据えていた。
隣同士で座っている二人の目線の高さはほとんど同じ。
お互いがお互いの瞳に吸い込まれそうになる。
「ねぇ……」
少し頬を赤くしながら、千夏がゆっくりと言葉を紡ぎ出す。
その声色はさっきまでの明るいものとは違い、明らかに男の前でしかしないような甘い囁きだった。
「もし千夏がその占い師に『孝太郎と結ばれるにはどーしたらいいですか?』って聞いてたら、孝太郎……どー思う?」
真剣な眼差しで孝太郎の目を覗きこむ。
さっきまでのふざけた千夏はどこにもいない。
千夏の瞳に吸い込まれ、孝太郎は時間が止まったかのような錯覚に陥る。
紡ぎだされた言葉に、大人の色気が漂う。
「教えてあげよっか?」
孝太郎との物理的な距離を詰める。
「孝太郎と結ばれるには……」
さらに距離を詰め、その言葉からは甘酸っぱい香りが広がる。
千夏が続きを語りかけた、その時だった。
ガゴドンッ
「オパロソッ!!」
衝撃音と共に勢いよく女性が入室し、そのままにロッカールームに駆け込んでいった。
彩音である。
その際、「おはよう!」と二人に言ったつもりだったが、口にフランクフルトを頬張り咥えているため「オパロソッ」と意味不明な発音の挨拶をしてしまった。
その時、孝太郎は気づいた。
やわらかく温かい感触が自分の手に重なっていたこと。
その温もりがすばやく自分の手から離れていったこと。
孝太郎の元から離れていった千夏の手のひらの感覚。
彼はしばらくその行為の意味を考えていた。
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