~小さな来訪者~ 5
タイムリミットは三十分。真樹という男が突きつけた条件はあまりにも無理があるように思えた。真樹が開いたドアの向こう側は峻の家に繋がっていた。そして、彼女の身体もあの頃と同じように、ものに触ることができた。今、この時だけは肉体を元に戻してくれたのだと彼女は察した。
久しぶりに訪れたその家で、彼女は当時を懐かしんだ。一緒に寝て、ご飯を食べ、遊んだ。彼女は生きていただけだ。そして、峻もただ日々を生きていた。だが、その日々が重なり合うことで、何気ない日常が生まれ、それは互いの心に温かさをもたらした。そんな「記憶の温もり」を思い返しながら彼女は家の中を探り始めた。
かといって、真樹が探してほしいと言っていたものはどこにも見当たらない。居間、応接間、台所、風呂場と巡ったが、どこにもそれらしきものは見当たらない。一つ、探していないとすれば峻の寝室だったが、あいにくドアを開けることは彼女にとって、とても難しいことだった。
「でも、やるしかない」
彼女は何度も挑戦した。そして八回目のトライでようやく結実する。ガチャッという音と同時に、ドアが開く。「やった、開いた」。時間はすでに十五分が経過しようとしている。
時間は迫っている。彼女はこの部屋に、探し物があることに望みを掛けていた。だが、やはり何処にもない。少なくとも自分が見て回れる範囲には、それらしきものは見当たらなかった。「どうしたらいいんだろう」。諦め掛けた彼女の脳内にあの日の光景が蘇る。
「そういえば、峻さんは机を開けて、写真を眺めてたっけ」
慌てて、机の一番上の引き出しに駆け寄る。開けるのに少々戸惑ったが、そこには探していたものがあった。青色の小さな箱。これが峻にとってどのような意味合いを持つものかは分からない。ただ、これが何であろうと、峻が必要としている事実にも変わりはないのだ。彼女はそれを携えて、駆けだした。
時間は残り十分くらいだろうか。ここから、このまま全速力で走れば、まだ間に合うかもしれない。彼女は自分の知っている限りの裏道を使い、その店への道を急いだ。途中でガラスか何かを踏んでしまったのかもしれない。足に痛みを感じた。だが、それでも彼女は走ることを止めなかった。
「峻さんにもうすぐ会える」
その思いだけが彼女を突き動かしていた。
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