~復讐の夜~ 10
「ずっと二人で…か」
幸恵が店内から立ち去った次の日、カウンター席には空のカクテルグラスが残ったままだった。いつもであれば、出勤してきた進士はさっさとグラスを下げていたはずだが、この時に関しては、そのカクテルグラスを眺めていた真樹に気遣って、そのままにしておいた。
「人って不思議ですね」
「どんなところが不思議だと思うんだ?」
真樹は視線をカクテルグラスに注いだまま、そう訊く。進士は少しだけ表情を柔らかくする。
「そうですね、もう、この世に大切な人が居ないとしても、それは肉体が無くなったというだけで、その人の想いは、誰かの心の中に残る―というところですかね」
「俺もそう思う」
真樹のグラスが空になっていた。進士が「何か、飲まれますか?」と確認する。
「そうだな、それじゃあ、サイドカーを久しぶりに飲もうか。見ていたら、何となく飲みたい気分になった」
「分かりました」
進士がシェーカーを用意し、必要なボトルを後方の棚から揃え始めた。
「それにしても、データの画像を見ただけですが、とても綺麗な姉妹でしたね」
真樹は深く賛同する。
「本当に綺麗だったな。そうだな…俺はどちらかと言えば、お姉ちゃん派だな」
進士は真樹に向かって冷たい視線を送る。
「オーナー、鼻の下伸びてますけど…」
「いっけねえ」
真樹はにやけていた表情を慌てて元に戻す。進士は「ドンッ」と荒々しく、真樹の前にカクテルグラスを置き、シェーカーからカクテルを注ぐ。
「お待たせいたしました。サイドカー・エタニティーバージョンです」
急に満面の笑みでカクテルを差し出してきた進士に対して、真樹は得体の知れない寒気を感じた。
「エタニティーバージョンって?」
進士は優しげな声で回答する。
「飲んでみて、どこが違うか当ててみてください。私が、オーナーのために、渾身の一杯を作ったんですから」
「あは、あはは、あ、なんか急に酒が回り始めたかも…。こんなにきついカクテル飲めるかなあ」
「あ、別に今、無理して飲まなくても良いですよ。もし残したら、オーナーには毎日、これしか出しませんから」
深呼吸をし、覚悟を決めて一気に飲み干した真樹だったが、口から胃にかけて、猛烈な熱さを感じた時にはすでに遅かった。
「オーナー、美味しいでしょ?私の愛がこもったタバスコ入りのサイドカー」
薄れゆく意識の中で見たのは、冷たく笑う進士の姿だった。真樹はもはや、逆らえないことを悟り「お、美味しいです…」と声を振り絞って、ゆっくりと力尽きた
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