~復讐の夜~ 8
「それじゃあ、宗佑さんは犯人じゃないって事?」
「そうよ。宗佑は私を殺していない」
香奈は愕然とした。それでは何故、宗佑は自分が殺したと、自首したのだろうか?そこが分からない。その浮かべた疑問を悟ったかのように、幸恵は答えた。
「たぶん、未成年だったからじゃないかな?加藤がそう仕向けたんだと思う。その時居た人たちの中で、未成年だったのは宗佑だけ。人を殺しても名前は公表されないし、懲役も情状酌量されるかもしれない。ただ、あの男が私を殴りまくった分、その残虐性が認められて減刑はされなかったけどね。宗佑も、よく殺人犯になってまであの男を庇ったのかが分からないけど、後輩という立場で、あの男にはどうしても逆らえなかったんだと思う。そう、あの男がすべての元凶だったのよ」
香奈はやりきれなかった。私の家族はあの男に全員、殺された。そして、好きな人に裏切られて命を絶たれた姉はどれだけの絶望を抱いて一生を終えたのかと考えた。おそらく、言葉では言い表せないほどのものだっただろう。
「お姉ちゃんは今、どんな気持ちなの?」
それが香奈の素直な思いだった。ずっと聞きたかった。姉の本当の気持ちを。
「私はね、もうどうでも良くなったの」
「どうでもいいって?どうでも良くないでしょ?」
口調がきつくなった香奈に対し、幸恵はフフッと笑いをこぼす。
「私はね、間違ってた」
「間違ってたって何が!」
香奈はついつい叫んでしまった。一方の幸恵は涼しい顔で草原の彼方を見つめる。
「命を懸けて復讐をしようと思ってたよ。でもね、私には守るべき人が居た。それこそ命を懸けて守るべき人が。それよりも復讐を優先してしまった。だから、香奈を守れなくなってしまった。それが間違ってたこと。命の使い方を誤ってしまったのよ。ただ、香奈があの日から十年、しっかり生きてくれている。自分の命の使い方を誤らないで居てくれていることを知って、心から良かったと思った」
香奈には何も言えなかった。さっきまで私は復讐をしようと思っていた。だが、姉は「復讐」という命の使い方を間違っているという。
「香奈、生きることを諦めちゃ駄目だよ。聞いたよ?香奈、難しい病気なんだって?でもさ、その命を自分から捨てに行くのは間違ってるって。私は実際死んでみて、そう思ったよ。だから香奈には同じ思いはして欲しくないんだ」
幸恵の言葉が香奈の心に響いていく。
「お姉ちゃん…」
「ほら、またすぐ泣く。そういえば香奈はいつも辛いことがあっても人前では我慢するくせに、私の前だとすぐに泣くよね」
笑う幸恵の胸に香奈は飛びつく。
「寂しかったんだから」
そう言って泣きじゃくる香奈の頭を、幸恵は再び優しく撫でた。
「寂しくさせて本当にごめんね。これまでの十年分とこれから先の分、思い切り泣いて良いから」
時が来た。香奈からすると、何かしらの合図があったわけではないが、幸恵は「もうそろそろ行かないと」と言った。
「私たち、また会えるよね?」
幸恵は一息ついて答える。
「当たり前でしょ。いずれはまた会えるから。でもね、あなたはまだまだ生きなきゃ駄目だよ。もしも、生きることに辛くなることがあるかもしれないし、今がもしかしたらその時なのかもしれない。でも、本当に諦めちゃ駄目。予想外に辛いことが起きるのも人生だけど、それを超えるくらい良いことが訪れるのも人生だから。って、死んだ私が言っても説得力無いけどね」
幸恵は何もなかった空間に拳をコンコンとぶつける。すると、その瞬間にドアが姿を現した。香奈は本当に夢のようだと思った。だが、「こんなに具体的な夢は早々見ないよね」と納得してもう一度だけ、幸恵に抱きついた。懐かしい温もり。ずっと忘れない。
「さあ、そのドアから元の世界に戻れるから」
「お姉ちゃん」
香奈はドアの前で一度、幸恵の方を振り返った。
「何?」
「またね。きっとまた、会おうね」
幸恵は優しい笑みでゆっくりと頷く。そして心の中でこう呟きながら、香奈の後ろ姿を見送った。
「生きてね。たぶん…もう会えないと思うけど、私の分まで精一杯、生きてね」
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