~復讐の夜~ 7

 私は宗佑を好きだった。それは本当の事。あの人と出会ったのは、会社の人の紹介だった。「良い人がいるから紹介しようか」って言われて、私にとっては香奈がまだ高校生だったから自分たちのことで精一杯だったし、断ったんだけどね。でも、「本当に良い人だし、私もその男友達に頼まれている手前、一回だけでも会ってもらえると助かる」って言われて、渋々、会うことにしたの。香奈が卒業するまでは恋愛のことなんか考える余裕がないと思っていたから、一度会ったときにあの人に対して好意を抱いた自分が信じられなかった。実は私、それまでも、恋愛したことなかったのよね。

 初めて会ったとき、宗佑は本当に優しかった。顔もタイプだったし、話をしていても楽しい。「恋愛ってこういうものなのか」と初めて思ったのよ。それまで真面目に学校に行って勉強と部活をし、職場でも必死に働くことだけ考えてた。だから、これまでの日常にはなかった、その時間そのものが、私にとってはものすごく輝いていた。

 そこから、私は宗佑のことをどんどん好きになっていった。一緒に行くなら何処に行っても楽しかった。そして、何回か会った時に宗佑に告白された。ただ、何かが引っかかった。その時はそれが何かは分からなかったけど、引っかかったのよ。あの時気付いていれば、こんな事にはならなかったかもしれない。

 その何かが分かったのは付き合って一年ほどした時だったわ。あの大晦日から少し前になる。知っていると思うけど、宗佑はあのアパートに暮らしていた。私も時間があるときは通ってご飯を作ったりしてたのよね。ただ、あの日の事は良く覚えてる。宗佑が仕事から帰ってきて一緒にご飯を食べてると、「そういえば、昨日久しぶりに会った先輩と飲んできた」と言って、その時に携帯電話で撮った写真を見せてきたの。震えたわ。そこには、お父さんとお母さんを事故で殺したあの男が写ってたの。そうよ、あの未成年と言うだけで保護された人殺しの「加藤」が写ってたの。

 そこで、私はようやく気付いた。引っかかりの正体に。

 香奈、覚えてる?あの法廷であなたが加藤を「人殺し」って叫んだときのこと。宗佑はあの時、傍聴席に居た友達のうちの一人だったの。

 私は悔しかった。あの時、私は法廷に居た奴らの顔を一生忘れないと心に決めていた。そして、いつか復讐してやろうと思っていた。私の命を懸けて。でも、いつの間にか忘れてしまっていたの。しかも、そのうちの一人を本気で好きなってしまうなんて、不甲斐なくて、情けなくて、心から自分を駄目な人間だと思った。

 でもね、逆に考えたときに、これはチャンスだとも思った。宗佑の傍に居れば、あの男の居るところが分かりそうだったし、殺す機会が思いがけないところで訪れるかもしれない。それからは、宗佑にそれとなくあの男についての話を聞いてたわ。

 宗佑はその何日か後に、あの事故のことについて、こう言ったことがあった。「俺たちがちょうど中学の時かな、この前飲みに行った先輩が、三年くらい前に無免許運転で事故ってさ。しかも、信号無視してたんだよ。でもさ、未成年だったから新聞とかにも名前は出なかったし、懲役も三年で終わったから、これから社会復帰できそうなんだ。本当に良かったよ」って。

 その時ほど、心に怒りが込み上げたことはなかったわ。お父さんとお母さんが死んだのにも関わらず、宗佑は「良かった」と言った。全然良くない。そうでしょ?そんな奴を社会復帰させたって、もしかしたら同じようなことをまた、繰り返すかもしれない。だから、私は決めた。何があってもあの男を許さないと。

 そして、あの私が殺された大晦日の日。あの日が実行日だったの。宗佑はあの日、友達を自分のアパートに呼んで一緒に年越しをすると言ってたわ。だから、私も前の日から行って料理とかの準備をしていいかってお願いしたのよね。宗佑も「ちょうど良かった。友達に紹介したいから」って言っててさ。快く了解してくれた。そして、あの大晦日は私と宗佑、それと、加藤を含めた宗佑の友達三人と私があの部屋に集まったの。

 私はチャンスを伺ったわ。そしたら、ちょうど宗佑とほかの友達が買い物に行くと言い出した。私は留守番をしているからと言うと、加藤も「ちょっと体調が悪いから、家に居る」と言い出したの。

 もちろん、絶好の機会だと思ったわ。ただ、一つ誤算があった。そう、加藤も私のことを覚えていたの。宗佑たちがアパートを出て行ってから、私はそれとなく事故の時の話を聞き出そうとしたわ。でも、その前に言われたの。「お前、俺の車と事故った夫婦の娘だよな」って。そこで、動揺しちゃったのよね。私の驚いた表情を見て、あいつは笑ったわ。私が「何が可笑しいの」って言うと、今度は怒り出したの。「よくも俺を三年間も閉じ込めてくれたな」って。考えられる?自分が悪いことをした、人の命を奪ったという自覚がないの。そしてもう一つの事実も教えられた。宗佑は私のことを事故の被害者の娘だと知ってて、近づいたのだと。だから、私のことを好きなわけではなかった。その男が懲役の復讐をするための協力者だったんだと言われたわ。そして、その日も最初から仕組まれてたのよ、私たちが二人きりになるように。

 悔しかった。涙が止まらなかった。怒りが収まらなくなったその瞬間に、私は台所に飛んでいったわ。そして、包丁を掴もうとした。でも、その前に捕まって殴られたわ。もうボコボコに。身体はまったく動けないし、痛みも徐々に感じなくなるくらいだった。

 そして、首を絞められて、殺されたの。あの男に。

 そこからどうなったかは分からない。ただ、私を殺したのは間違いなく、宗佑ではなくあの加藤だったの。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る