~復讐の夜~ 6
「なるほど。これまでの経緯は分かりました。何故、あなたがその男を殺したいと思ったのかという理由も」
真樹の表情は柔らかいままだ。香奈はその真樹を問いただす。
「それで、協力してくれるんでしょうか?」
真樹は独り言のように小さく唸りながら考え込んでいる。
「確かに事情は分かったんですが、あなたの望みは何なのでしょう」
香奈は真樹の目を真剣に見ながら答える。
「その男の居場所が知りたいの。今、どんな顔で暮らしているかを見てみたいの」
「場所…ですか。そして、居るところが分かったら、殺すということでしょうか?」
香奈は返答に詰まり、俯いてしまった。
「分かりました。私もご協力できる部分は、させていただきましょう」
香奈の上げた顔が瞬間的に明るくなる。
「本当ですか?本当に手伝ってくれんですか?」
「ええ、構いません。ただね…」
「ただ、何ですか?」
真樹はバーの入り口とは反対側のドアを見やる。
「ええ、実はもうすぐ来るんですよね、お姉さん」
香奈は「はあ?」と裏返った声で反応する。
「姉が来るってどういうことですか?」
「だから、もうすぐ貴方のお姉さんが来るんですよ、ここに」
何を言っているのか分からない。この人は元々、頭がおかしいのだろうか。死んだ姉がここに来るなど、言葉だけを聞けば、もう精神異常者にしか思えない。ただ、真樹の表情は至って真面目であり、嘘をつくような人間にもなぜか見えない。
「姉は死んでるんですよ?」
「はい、もう亡くなられていますが来られます。それがお姉様との契約でしたので」
契約?契約をすれば、死んだ人と会えると言うことなのだろうか。香奈は混乱しつつあった。だが、姉と本当に会えるとするならば、また、あの声を聞きたい。話したい。そして、その姿を目に焼き付けたい。真樹は続けて説明する。
「こちらとしては、もちろんご協力出来ることはなんなりとさせていただきますが、何よりまず、お姉様に会っていただきたいのです。あなたが死んでしまわれたら、私たちはその契約を果たせずに終わってしまいますので」
トントン。真樹が話し終わったタイミングで、さきほどから見ていたドアがノックされる。
「来られたようです」
真樹はそのドアに駆け寄り、香奈を呼び寄せる。
「五十嵐様。どうぞこちらへ」
香奈は警戒しながらおそるおそるドアへと近づく。やはり、この男は怪しい男なのだろうか。そのドアから別の人間が出てきて私を引きずり込み、襲うかもしれない。そんなことを考えたからだった。
「あ、そんなに怪しまなくても大丈夫ですよ」
そう言って、ドアを開けた真樹は先を促す。驚くべき事に、そこは屋外へと繋がっていた。しかも、そこから見えているのは昼の広大な草原だ。香奈は記憶を呼び起こす。ここは確か…。
「それではいってらっしゃいませ」
足をゆっくりと踏み入れる。ここは確実に私が居る世界とは違う。外は今、夜のはずだから真っ暗なはずだ。だが、ここは太陽の光がさんさんと差し込んでいる。香奈は戸惑いながら、後ろを振り返る。だが、ドアはすでに無い。
夢なのだろうか。
「香奈」
名前を呼ばれた方向を向くと、姉の幸恵が居た。白いブラウスにグレーのスカート。あの頃と変わらない姿で。
「そんな、まさか…」
幸恵はゆっくりと香奈に近づいてくる。
「信じられないかもしれない。でもね、これは現実に起きていることなの。この世界も、もちろん現実」
香奈は思わず幸恵に抱きついた。これまで我慢してきた寂しさが一気にあふれ出し、涙となって流れた。幸恵は「急に居なくなっちゃって、一人にしちゃって、ごめんね」と言いながら、香奈を温かく包み込んだ。
しばらくして、香奈が落ち着くと、幸恵はゆっくりと話し出した。
「ごめんね、来てもらって。私にとってはここに来たときが一番幸せだったから、ここにもう一回、香奈と来たくてね」
香奈もこの景色に見覚えがあった。そこは二人で旅行に来た北海道だった。
「お姉ちゃん、私、もう二十八歳になっちゃった。もう、お姉ちゃんより年上だよ」
幸恵は香奈の頭を優しく撫でる。
「でも、子供っぽいところは全然変わってないね」
二人で顔を見合わせて笑う。この会話もあの頃と同じ。姉が蘇ってきたかのようだと香奈は錯覚したが、やはり姉が死んでいることは変わりない決定事項らしい。
「お姉ちゃん、なんで私をここへ呼んだの?」
幸恵は気持ちよさそうに空を見る。
「あの時、私に何が起こったかを話すため」
「あの時って、もしかして…」
「そう、私が殺された、十年前の大晦日の日のこと」
姉が殺されたあの日、あのアパートで何が起きたというのだろう。
姉はゆっくりと話し始める。
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