~復讐の夜~ 5

 十年前の十二月三十一日。姉の遺体が見つかったのは、その宗佑という男の暮らしていたアパートでした。警察から私に連絡が入ったときは耳を疑いました。その日の昼ごろ、近所の人が部屋で争う音を聞いて、警察に通報したんだそうです。警察官が到着した時には姉の遺体だけが部屋にあったそうです。

 姉はその前日である三十日に、姉は「宗佑さんのアパートに泊まる」と言って出掛けていきました。その一日後に冷たくなった姿を見るとは思いもよりませんでした。警察署の遺体安置所に足を踏み入れたとき、両親の遺体と対面したときを思い出しました。「もう二度と身近な人とこんな対面はしたくない」と思っていましたので、自分自身でも信じられなかったのだと思います。

 姉の遺体はひどい暴行を受けていました。穏やかな表情を見せていたはずの顔はあちこちが膨れあがり、体中は痣だらけでしたね。死因は窒息死でした。首を絞められたそうです。もう、以前の細くてスタイルの良かった姉の姿は残っていない状態でした。忘れませんよ。あの姿だけは。そこで抱いたのは悲しみではなく、怒りです。その宗佑という男に対する、底無しの怒りです。

 私にとって最後の家族を殺されたんですから。

 警察の人が言うには、宗佑という男は行方が分かっていないということでした。私は放心状態のまま、年を越しました。姉の遺体は司法解剖されるということだったので、一人で自宅に帰り、その男が逮捕されるのをじっと待っていたんです。

 その間、浮かんだのは姉との生活の日々です。両親が亡くなってからは確かに大変でした。でも、幸せでした。保険金目当てで、少しでも繋がりのある親戚たちはこぞって私たちを引き取ろうとしました。ただ、姉はそれを突っぱねて、「二人で生きていこう」と言ってくれたんです。学校生活であった楽しいこと、辛いこと、それらも全部聞いてくれました。「何だかお父さんにも、お母さんにも申し訳なくて」と姉は話していました。だから、高校卒業後に働き出した姉は、自分の稼ぎだけで私を養ってくれました。

 二人で良くデパートなどに買い物にも行きました。一緒に北海道へ旅行に行ったことも良い思い出です。レンタカーで一緒に、広大な北海道を巡り、美味しい物もたくさん食べました。あの夏の緑色の草原が一面に広がった景色と、姉の見せた笑顔は一生忘れないでしょう。

 その姉から、笑顔を奪った男は、事件から三日後、警察署に出頭しました。

 ここで、私は再び、ある事実を知り、愕然としました。その宗佑という男は十九歳の未成年だったんです。もちろん、両親の時と同じで姉の事件は報道されたものの匿名でした。そのひどい暴行もひどい喧嘩をした延長であり、けっして一方的ではないという男の言い分が通りました。確かにその男も顔のあちこちに傷や青痣がありました。でもね、私は信じられなかったんです。姉が人を傷付けるなんて。決して怒りに身を任せて人を殴るような人間ではありません。それは言い切れます。ただ私がどんなにそう伝えても警察の人たちは「人間、本当に怒るときには普段からは考えられないような行動を取ることがある」と聞き入れてもらえませんでした。もちろん、刑事裁判でも証人として呼ばれ、証言しましたが結局、何があったかはその男と姉しか知らないんですよね。その場に居なかった私がいくら証言しても、姉が男を殴らなかったという証拠はありません。

 でも、その辺りの理由はどうあれ、事実は一つ。姉はひどい暴行を受けて殺されていたということには変わりありません。検察の方からは「未成年で更正の余地があるということで刑は軽くなるかもしれない」と言われていましたが、私はもちろん死刑を望んでいました。死刑以外の何があるというのか。人を殺した人間が、何故死なないのか。法律は被害者を守ってくれないと、心から思いました。

 判決は懲役七年でしたよ。私の姉の命を奪った相手に与える罰が、たった七年の刑務所暮らしですよ。たったそれだけの刑期を終えて、男は社会に戻ってくるんです。私にはどうしても納得ができませんでした。殺人犯を再び野放しにすることが、法律の役目なんですか?違いますよね?その時に、私は日本の司法というものを信じることができなくなりました。

 姉が亡くなり、私は一人になりました。孤独とは本当に辛いものです。姉がその男に殺された事で、人を信用することもできなくなりました。

 あの事件から、もう十年です。本当に「光陰矢の如し」と言うとおり、時間はあっという間に過ぎました。恐らく、姉を殺した男はすでに出所してきていると思います。そして、私の心にある復讐への決意は未だに揺らいでいません。

 あの男を殺すことができれば、私はそれで良いんです。そして、姉も必ずこの敵討ちを喜んでくれると思っています。

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