第3話

 カシミヤの目撃地点を2カ所、地図上に示す。その2つを結んだラインを見て、タヌキは自分の仮説を組みなおす。

(旧学術都市で待ち伏せするのは間違っていない)

 旧学術集積都市のもっとも高いビルからの狙撃であれば間違いなく2000メートル以内をカシミヤは通る。さきほど野球帽たちのいた地点をカシミヤが通るという仮説は、タヌキのなかでは9割方正解とみていた。

(他からタチカワ新街を迂回するには警備が硬すぎる。アホそうなところを通る)

 タヌキの中で思い描くシナリオはまだ絞り込めていない。いくつものパターンがある。

(カシミヤが今現在タチカワ以南にいて、これから戻ってくる場合だった時。これだと、今俺がぶちのめしてしまったアホ達がいないことで警戒心を与えてしまう。この場合はこのミッションから降りるのが正解だろうな)

(そして今、カシミヤがタチカワ以北にあるであろう自分の拠点、あるいはそれに準ずる場所にいる場合。俺の千載一遇のチャンスだ)

 肩を撃ちぬいた2人の男が助けを求めたらしく、増援がやってくるのが遠くに見える。記憶ログを出させる暇もなく、タヌキは走っていた。ただし、軽妙に障害物を避けながら走る事のできるタヌキにとって、大の男、それもなんの訓練もしていないようなチンピラを相手に逃げることなど造作もなく、6割程度の力で走れば逃げ切れた。

 遷都直前に乱開発の行われた、旧タチカワ。建設途中のまま朽ちていくのを待つだけの鉄の塊や、建設後誰に使われることなく打ち捨てられる鉄とコンクリートと樹脂の塊や、持ち主がもはや誰だかわからなくなった自動車が転がっている。旧首都全体に良く見られる光景なのだが、タチカワには広大な土地を贅沢に使った巨大施設がいくつも立ち並んでいて、そこに群生していた植物が、人間がいなくなったのち覇者となった。タチカワ以東の旧首都にはまだ見られない光景のひとつであり、行方不明者が毎日出るのがこの樹木とコンクリートの森の恐ろしい所だった。方位磁石が動かなくなるのは勿論だが、クレーター付近に建っていた学園に施されていたネットジャムがタチカワ全域にばら撒かれ、森の中はネットさえも遮断されることがあり、立ち入るには準備が相応に必要な場所になっている。

(ここを抜けて旧学術都市に行く)

 この森を進むデメリットは上記のとおりだが、メリットが当然ある。

(ジャムが効けば仮の俺の場所がコンタクトの座標抽出で割れてても目くらましが効く。追手も単純だけど数に頼られたら厄介だ。地元の人間はこのあたりには近づかない。そしてなにより、旧学術都市へはここが最高の近道だ)

 自分の置かれた立場を明白にしつつ、思考の中で安心を求める。タヌキの習性に近いルーティーンだ。常に正解を探し、見つけていないと落ち着かない。自己完結した不安と安心という、なんとも不合理なことをしていると思う。だが、タヌキはそれをどうしてもやめられない。相談できる相手がいない。孤独なスナイパーに必要なのは、おしゃべりではなく思考を続けることだった。

 タヌキは先ほどから辺りをきょろきょろと見回しながら歩いている。樹木や瓦礫に目印が結わえつけられているからだ。赤と黄色のテープを交互に見つけて進んでいくと、この森を最短距離で抜けられる。ただし、そのことはごく一部の人間しか知らない。目印として結わえてあるのは赤と黄色だけではなく、緑や青、白、黒など、多彩なテープがあちらこちらにあるのだ。

(「知っている」っていうのは、武器だよなぁ)

 4個目の黄色のテープに軽く触りながらしみじみとそんなことを思う。情報を持つと持たないとではスタート地点が大きく変わる。この森を抜けるのもそう。このクソみたいな世界で生きるのも、そう。

(通信が断絶してる。これで俺の位置情報も目くらましができる)

 またひとつ安心を手に入れる。今回の相手にはあまり意味がないような気がしてもいる。タヌキの独自回線にネットを経由せずに割り込んできたあの情報収集力と実行力。相手のバックボーンも読めない。

(普通に考えれば自衛軍の仲間との交流はある。…そういえば、カシミヤの使っていた武器はなんだった…?)

 ログデータを開き、カシミヤの戦闘の様子を再確認する。右手がどこからともなく取り出した(この時点で相当不可解だが)刀と、右腿に吊った大型の拳銃、左ももに2丁ぶら下がる小型の拳銃。いずれもタヌキが見たことのないモデルであり、検索にもヒットしない謎の武器だった。

 通常、使っていた武器を見れば、バックボーン或いは交流相手が見える。

 例えば武器の横流し。特に自衛軍は多いと聞いた。素性のわからないものも多く派兵されたため、軍内に流通ルートを構築して退役後もその武器を売るなり使うなりで利益を得ている者は多いと聞く。外地ではそういったものから武器を手に入れ、武装する組織が非常に多い。この場合は一般的に最新の武器というより、型落ちのモデルが出回る。タチカワ新街の武装組織が持っていた武器もその類だった。

 また、タヌキが標的にしてきたのは所謂「金持ち」であり、そのボディガードは最新鋭の装備を揃えていることが多かった。事実、ソーンの側近のアギが持っていた拳銃は現状出回っている中でも最高級かつ最新モデルの「甲亜企及製五五式拳銃」だった。ウンギの持っていた刀も「甲亜企及製五三式対人刀」であり、現行入手可能な近接武器のなかで最優秀と言われているタイプだった。ソーンの持っていた武器流通ルートは、社会的に見れば「闇のルート」と言わざるを得ない。だが、裏社会的に見た場合、非常に王道のルートだった。つまり各国の軍部上層に取り入り、横流しをしてもらうというもの。

 カシミヤは、そのふたつのルートから外れたところで、さらに良いものを手に入れている。

(この線からカシミヤ像を絞ることはできないだろうか)

 スミスに連絡を取ろうと、メッセージを立ち上げたそのとき、また1通の文章が届いた。


For:タヌキ

私はスミス。これを伝えるか迷ったが、伝えることにした。どうするかは君の判断に任せたい。

小さな騒ぎだったが、5年前に訓練学校で起こった事件の中心人物が彼女だ。訓練学校を占拠しようとしたアクシズのメンバー30人以上を1人で皆殺しにしたのがカシミヤだった。

詳しいことはニュース系のOCEANでも出てくる。「夕霧事件」で調べてみるといい。




 訓練学校占拠未遂事件。

 タヌキはおぼろげにしか覚えていない。言われてもピンとこない。だが、イタチが「おっかねえこともあるもんだ」とぼやいていたような気がした。

 検索をかけてみる。主要ニュース系OCEANを横断検索して、数件がヒットする。


「『夕霧』の抵抗劇 35名鏖殺す

 本日夕方18時ごろ、山梨県の自衛軍訓練学校にて、テロ組織と思われる集団に学校が一時占拠される事件が発生した。一部生徒の抵抗により集団は全員制圧された。武装した集団は生徒数百名を人質に取り、学内を捜索していた模様。詳しい目的は不明。生徒は「1人の生徒が全員殺した。たまたま訓示にいなかったが、まさか全員殺して回ってくるとはおもわなかった」と語った」


 小さなニュース記事だったが、閲覧した人間の数は5000万を超えていた。

 訓練学校の生徒になれるのは16歳から。そして4年間で軍事的知識や戦略、体力や技術を学び、卒業・正規配属となる。カシミヤの年齢は20歳前後であるから、5年前の記事ということを鑑みても16歳前後でこの事件を鎮圧したことになる。それも1人で。

(化け物か…?)

 どうやってカシミヤが35人の男を殺したのか。ログデータの11人をあっさり殺して見せた様子から、一殺を繰り返してのものだろうとは想像がつく。それでも、2人以上を相手取るには相当に消耗するタヌキからすれば、異次元の存在だった。

(5年前のテロ組織と言えば十中八九『アクシズ』だろう。奴らの武器収集能力はたまに伝説じみた噂を聞く。伝聞の誇張を差し引いても、優秀な武器を集めていたに違いないんだ)

 タヌキはそれでも引くに引けない。ひとつは金のため。もうひとつ、理由が生まれてしまっている。タヌキ自身が信じがたいことに、今までになかった理由でこの任務を実行したいと考えているのだ。


(まずいぞ)


 ログデータでわかった戦闘力。歩いていただけのタヌキのヘッドギアに干渉してくる情報収集力。16歳にして『夕霧』の異名を取るほどの行動力。勇気だけでは蛮勇で終わっていたものが、そうではない結末を迎えている。


(カシミヤに、会ってみたい)


スミスにメッセージを送る。文面はたったひとこと。


「カシミヤは拠点にいるのか?」


返事はすぐに来た。


「いる」


と。


 旧学術集積都市のランドマーク、某大学が建設した、地上133階建のビル『バベル・タワー』、その128階に、タヌキは陣を敷いた。


来い。お前を”見て”やる。

 

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