第7話
夜が明けた。
冷えた空気が停滞した早朝、タヌキは廃墟からはいずり出た。
「…?」
アイドリングから立ち上がったコンタクトがメッセージの到着を知らせた。
「…イタチ…?」
イタチから拳銃を託されてから既に7日が過ぎている。最後に見たイタチの背中は満身創痍そのものだったが、その彼からメッセージが届いている。
タヌキはすぐに開封した。右手が震えて、指が何度も空振りした。
タヌキへ
このメッセージは遺言状だ。
お前に拳銃を託してすぐに書いている。間違いなくもう2度と会えないだろうと確信している。
そして、このメッセージは俺の端末の電池が切れる時に自動で送信されるように設定した。俺はこれから間違いなく昏倒するだろう。給電方式を俺の右手首の動体センサーにしてある。お前がこのメッセージを見るなら、俺は死んでいる。
お前が誰を追っているかは知らねえ。興味もねえ。だが、俺が死んだらお前は間違いなく孤独になるだろう。それはどんなバカにでもわかることだ。今のお前には金の繋がりしかねえ。
だから、1人、俺の信頼のおける人間を紹介してやる。というより、もうそいつには俺が「このバカ娘を頼む」と伝えちまった。せいぜい世話になれ。
そいつは俺を越える天才だ。
お前のその拳銃(CzzT‐117)をデザインしたのはそいつだ。
名前は『スミス』。SEAで働いていた俺のクソッタレな経験が、そいつに会わせてくれた。
スミスは本物の天才だ。
お前にはいくつも伝えないといけないことがある気がする。だが、すべて教えたら人生は面白くなくなっちまうだろう。俺の遺した資産はお前にやる。SEAからの退職金はムカつき過ぎてひとつも使わなかったからな。
あまりダラダラ続けるのも性に合わん。もうこのあたりでやめる。
俺の人生はクソッタレだったが、それでも、誰にも無価値だったとは言わせん。
最高の60年だった。正確には59年10か月4日だが。
達者でやれよ。死ぬまで生きろ。
井口 寿彰
2分で読み終わった。
15分動けなかった。視線が何度もメッセージの上を滑る。コンタクトの網膜反応追跡装置がそのたびに補正し、視界の中心にメッセージを保持した。
タヌキがイタチと寝食を共にしていたのは4年の間だった。
涙腺は何も排出しない。
静かに目を閉じる。
大きく息を吸い込む。
(俺は…)
目を開く。右下の資産総額が6040000増えている。一歩踏み出してみる。しっかりと右足に体重が乗った。後方の安全をちらりと確認し、走り始めた。朝日が右側の視界からすこしずつ明るく照らしている。
イタチは自分のことを整理して逝けた。
メッセージからそれは痛いほど伝わった。小屋の中は悲惨な散らかりようだろう。だが、イタチは、賭けてもいい。ベッドに横たわって静かに眠っているはずだ。2度と覚めずとも安らかな眠りだろう。
(カシミヤを殺す)
自分が今、やるべきことはそれだけ。どこか、安全な街を見つけて、そこに住む。そのためには金が要る。ごくシンプルな話だ。
マッピングした地点が常に右方向に置いて、西、そして北へ進む。タヌキの予想したマッピング地点が正しいカシミヤの居場所だとしたら、カシミヤからタヌキは遠ざかっているように見えるだろう。
(この程度で油断する相手だとは思えないが、俺の動きに釣られて出て来てくれるならそれを迎え撃つ)
タヌキが向かっているのは、タチカワ駅から北に20㎞ほど離れたところにある旧学術集積都市。アーカイブ化されたありとあらゆる学問に関する論文を蓄えるために生まれた都市で、サッカーコート40面ほどの広さに30階建て以上のビルが20以上群立していた。いまは多くのビルは半分ほどの高さになっているが、メインシンボルとなっていた『暁タワー』だけは当時の面影を多く留めている。
メッセージ通知が来た。しかし、タヌキはそれに気が付かなかった。
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