第3話

 4時13分。3組目の刺客をイタチの射撃で殺すと、タヌキははたと一つの可能性にたどり着いた。

「俺が襲われているのは、位置情報が垂れ流されているだけなのでは?」

という点である。

 タヌキを含め、どんな理由であれ人を探すのに都合のいい方法がある。OCEAN内、「サラダボウル」と呼ばれるサービスがある。コンタクト世界でそれは地面に空いた穴のように見える。ユーザーは手元の入力ウィンドウに何かを書き、丸めて投げ込むジェスチャーをすれば、その情報をサラダボウル内に保存しておくことが出来る。それを「ピース」と呼ぶ。そしてそれは誰もが見ることが出来る状態になり、時系列で並べたり、特定の人物のものだけ見たり、特定のキーワードが含まれているピースだけを抽出することも出来る。

 賞金が賭けられている人間は、その目撃情報をピースにしてサラダボウル内に投げられる。ピースの情報が賞金首確保に貢献したと見なされれば、いくばくかの謝礼がピースを投じた者に送られる。スラムに共同体を持つ人間はサラダボウルに貼り付き、現実の目とコンタクト世界の目を酷使する生活を送る者も少なくない。

 自分の名前がサラダボウルの中に投げられていないかを検索する。そして、位置情報がしっかりと添付されているのを確認した。

 タヌキはコートの投影機能を切った。

 この界隈でタヌキとは「185㎝ほどの大柄な」「男」「フードをかぶっている」「ローブを着ている」という要素の人間の事を指す。そしてそれを生み出しているのは、タヌキがかぶっているローブ。本来壁材に用いられる、コンタクト投影用の符号がローブ表面に編み込まれていて、首元のスイッチで通電することでコンタクトに対して指定した表示を行う。タヌキの場合は身長を大きく見せるのに用いているが、通電によるバッテリー消費が激しく、背部のバッテリーと接続して稼働時間を稼いでいる。

(これでまだアホどもがやってくるなら俺はもう今日死ぬだろうな)

 一人退ければもっと強いのが来る。『ソーンを殺した』という意味が今さらタヌキにのしかかってくる。


 夜が明けた。朝5時22分。ぼんやりとした陽光、撫でるような寒さ、耳が痛くなるような静寂のなかで、タヌキはタチカワ旧市街にたどり着いた。

 歩きながらサラダボウルをオフダイブで監視し続けていたが、タヌキの目撃情報は更新されなかった。

(まずはタチカワまで来れた)

 小さく安堵の息を吐きつつ、タヌキは人間を探す。スラムに住む人間は生活リズムが『街』に住む人間とは全く異なる。個人が個人の都合で自由気まま、と言えば聞こえはいいが、夜に眠ることを許されない人間がいて、昼に動くことを制限されている人間がいると言う方が正確に表現できる。

「ねえ、おじさん」

 タヌキはフードを外し、ガスマスクをとって首にぶら下げている。目に付いた、前方を歩く中年の男に話しかけた。身なりはしっかりしていて、朝の散歩という風情だった。

「あ?」

 突然少女に話しかけられた男は困惑しながら振り向いた。

「おお、なんだオマエ、迷子か?」

 スラムにいる人間にしてはまともだな。そんなことを思った。

「この前、このあたりで女の人がめっちゃ暴れてたけど、見た?」

「ああ、あったな、見てはいないが」

「そっかー。すごかったから見せてあげたいんだけど、その時コンタクト切れちゃってて」

 タヌキの作戦通りに会話が進む。

「お前、コンタクトしてるのか」

「うん」

「あんなものは人間性を否定する!!目に見えるものを見ようとしない!!こんなスラムの真ん中にいてもコンタクターばかりだ!!世の中は間違っている!!

(やべえ!!やべえやつ引いた!!)

 タヌキの顔が歪む。

 あまりに革新的な技術故に、反発を抱く人間は非常に多かった。SEA社はそれを見越して、「世代」と銘打って5ヵ年計画を立てた。すなわち、抵抗の少ない液晶端末によるコンタクトからスタートし、他者の追随を許さぬよう年次ごとにメガネ、眼球接触レンズと段階を上げていく計画だ。2055年になる今年は、ついに手術による義眼でのコンタクトが一般に向けて販売されはじめている。

「なにがコンタクトか!!!Con-tactか!!!ばかばかしい!嘆かわしい!!世界の真の姿を知る者はもういないのか!!この街はこんなにも崩れ落ちてしまった!!どいつもこいつも仮初の世界に逃亡して久しい!わずか5年と半年!!世界は征服されてしまった!!!このことに危機を抱けないのか!!俺がおかしいのか!!」

 おかしいよ、と思いながら、タヌキはそっと離れた。一人唾と一緒に罵詈雑言をまき散らす男を、多少哀れに思いながら。

 同じように目についた人間に話しかけ、ログデータを持っていないか聞いてまわること45分。

 20代中盤の若い男だった。

「この前、このあたりで女の人がめっちゃ暴れてたけど、見た?」

 何度目にもなる同じセリフをぶつけてみる。

「ああ、いたな。何度見ても興奮するぜ」

(『何度見ても』!来た、ビンゴだ!コイツはログを持ってる!)

 内心喜びつつ、丁寧に言葉を並べる。ここで焦ってはいけない。

「すごかったよね!私ももう一回見たいなぁ」

 わざとらしく羨ましがってみる。眼がくりくりと大きいタヌキは、上目遣いになると非常に愛嬌があった。

「ログ持ってないのか?」

 男はニヤッと笑った。なにかを企んでいるような笑みだ。

「持ってないの。持ってるなら欲しいな」

 タヌキは言いながら、右手を一度握りこみ、左手で数字を入力した。その右手を胸の前で開いて手のひらを男に見せた。男からは、タヌキが30,000を提供するという表示が見えているはずだ。

「……ほらよ」

 男は携帯端末を指で弾くようになぞった。タヌキに1通のメッセージが飛んでくる。添付されたログデータを開く。

 かなり引きかつ上方からの映像だが、『カシミヤ』がどれかは一発で判別できた。

 15人ほどが視界に映っており、各々が武器を持ち、攻撃を向けている。道路の一方にバリケードを作り、8人がライフルや拳銃で発砲している。6人は近接武器を手に、バリケードに向かって歩いてくる1人に対して攻撃を仕掛けていた。

 タヌキは絶句するしかなかった。

 これを相手にするのか。

 とても無理だろう。


 カシミヤの顔面データをプロファイルする。合致するデータはOCEAN内に見つけることはできなかった。

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